ブルゴス大聖堂
ブルゴス · ES
スペイン唯一、独立して世界遺産登録された純フランス・ゴシックの大聖堂
スペイン・カスティーリャ・イ・レオン州ブルゴスにそびえる、1221年起工のフランス・ゴシック大聖堂。聖母マリアに捧げられ、レコンキスタの英雄エル・シッドの墓所を擁し、1984年に建造物単独で世界遺産登録された唯一のスペイン大聖堂。
ベストシーズン・ベストタイム
穏やかな気温と柔らかい斜光が石灰岩の白さを際立たせ、聖週間行列との重なりも見ものの最盛期
★★★★★
観光繁忙期を過ぎ、澄んだ高気圧の光がファサード彫刻の陰影を最も美しく描き出す季節
★★★★★
クリスマス装飾と低い太陽が大聖堂内に長い光柱を生む静謐な季節、観光客も比較的少ない
★★★★☆
日中は乾燥して暑いが夜の音と光のショーが開催される時期、夕涼みの観光が中心となる
★★★☆☆
見どころ TOP 3
1.双塔とトラセリーの西正面ファサード
三層構成のファサードに尖塔アーチ形の三つの入口、繊細なバラ窓と六角形の小尖塔を頂く双塔。15世紀にケルンのヨハンが完成させた石造透かし彫りの尖塔は、ドイツ的影響を色濃く残す純フランス・ゴシックの白眉。
サンタ・マリア広場から見上げる正面構図。西日が当たる夕刻が黄金色に映える
2.ラテン十字の身廊と星形ヴォールト
ラテン十字に基づく内部は、ブールジュ大聖堂を参照した立面構成と、交差部上方の星形すかし細工ヴォールトが圧巻。15の側廊礼拝堂と14世紀の北西回廊が連なり、ゴシック空間の最高峰を体感できる。
主祭壇方向を捉える縦構図。午前中の側窓光が身廊柱列を浮かび上がらせる
3.交差部上のシンボリオ(ランタン尖塔)
1567年完成の交差部上ランタン尖塔(シンボリオ)。フランボワイヤン・ゴシック様式の透かし細工が天空を支え、内側からはエル・シッドの墓上に光が降り注ぐ。ブルゴス大聖堂を一目で識別させる輪郭。
東側の旧市街路地から望む空抜き構図。曇天よりも青空とのコントラストを狙う
物語・伝説
こんな人におすすめ
現地で知るべき豆知識
- 1.西正面のサンタ・マリア広場側だけでなく、北側のコロネリア門から入場すると、12使徒像の門と回廊を経由して身廊に到達でき、建築発展史を時系列で体感できる順路となる。
- 2.シンボリオ直下の床に据えられた控えめな石板こそがエル・シッド夫妻の墓。多くの観光客が見落とすが、頭上のランタン窓から落ちる光柱が時刻によって墓石に重なる瞬間が最大の見所。
- 3.ブルゴス市の観光事務所で発行される「カテドラル+人類進化博物館」共通入場券は別券購入より割安。サンティアゴ巡礼者は巡礼手帳提示で割引が受けられる場合もあるので必ず提示を試したい。
訪問情報
- アクセス
- マドリードからAVE高速列車で約1時間40分、ブルゴス・ロサ・デ・リマ駅下車後、市バスまたは徒歩約25分。旧市街中心のサンタ・マリア広場に面し、駅から旧市街までタクシーで約10分。
- 所要時間
- 本堂・15礼拝堂・回廊を含めじっくり2-3時間が目安
- 予算目安
- 入場料は大人約9-12ユーロ(巡礼者割引・共通券あり)、マドリードからの往復AVEを含めて1日訪問なら交通+入場で約80-110ユーロが目安(2024年時点参考)。
周辺観光
徒歩圏内に人類進化博物館、サン・ニコラス・デ・バリ教会、ブルゴス城跡(丘上の旧城塞跡)、カルトゥハ・デ・ミラフローレス修道院などが点在し、サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路の宿場町として旧市街全体が歴史散策にふさわしい。
詳しく知る
時間のある方向けの詳細情報。
年表
- 1075年
ブルゴス司教座成立
アルフォンソ6世が教皇グレゴリウス7世の権威のもとブルゴスを司教座都市に昇格させ、聖母マリアに捧げる聖堂建設を発願した。
- 1096年
ロマネスク聖堂完成
11世紀末、旧王宮跡地に建てられたロマネスク様式の小聖堂が完成。後年これが新ゴシック聖堂に建て替えられる。
- 1221年7月20日
ゴシック大聖堂起工
カスティーリャ王フェルナンド3世とブルゴス司教マウリシオが礎石を据え、教皇ホノリウス3世が献金者への免罪符を授けて起工。
- 1260年
主祭壇聖別
建設工事の最初の重要段階を経て、アプス・シュヴェ部分が完成し主祭壇が聖別される。長期中断期も挟みつつ典礼空間が確立した。
- 1417年
ケルンのヨハン招聘
コンスタンツ公会議に出席したブルゴス司教カルタヘナが、ケルンの建築家フアン・デ・コロニアを連れ帰り、透かし彫り尖塔の整備が始まる。
- 1567年
シンボリオ完成と本体竣工
フアン・デ・バリェホの指揮で交差部上のランタン尖塔シンボリオが完成し、約346年に及ぶ大聖堂本体工事が事実上完了した。
- 18世紀
聖具室・聖テクラ礼拝堂増築
聖具室と聖テクラ礼拝堂が新たに加えられ、同時期に主正面のゴシック扉口が部分的に改修されて現在の姿に近づいた。
- 1919年
エル・シッド夫妻移葬
レコンキスタの英雄エル・シッド・カンペアドールと妻ヒメーナの遺骸が大聖堂に移葬され、シンボリオ直下に夫妻の墓所が設けられた。
- 1984年10月31日
世界遺産登録
ユネスコが登録基準(ii)(iv)(vi)に基づき世界遺産に登録(ID316)。スペインで建造物単独として登録された唯一の大聖堂となった。
- 21世紀
石材保存修復事業
石灰岩ファサードの大気汚染による劣化に対し、トラセリーや尖塔群の段階的洗浄・修復が継続的に進められている。
歴史をもっと深く
ブルゴス大聖堂の歴史は、1075年にレオン・カスティーリャ王アルフォンソ6世がブルゴスを司教座都市に昇格させ、聖母マリアに捧げる聖堂建設を発願したことに始まる。当初の建物は11世紀末に完成したロマネスク様式の小聖堂であったが、王国の象徴的首都であり司教座司教団が200名以上を擁した1200年頃には規模が手狭となり、新聖堂建設が決定された。1221年7月20日、カスティーリャ王フェルナンド3世とブルゴス司教マウリシオが礎石を置き、教皇ホノリウス3世が建設献金者へ免罪符を授ける。最初の棟梁はマウリシオ司教がフランスから連れ帰った匿名の建築家とされ、1227年文書に名のある聖参事会員ヨハネ・デ・シャンパーニュ説もある。13世紀の第二建設期(1240-50年代)に旧ロマネスク聖堂は破却され、ゴシック新聖堂がその上に立ち上がった。15世紀には1417年のコンスタンツ公会議からアロンソ・デ・カルタヘナ司教(著名な学者アルフォンスス・ア・サンクタ・マリア)がケルンのヨハン(フアン・デ・コロニア)を招聘し、透かし彫り石造尖塔とコンデスタブレ礼拝堂を加えてフランボワイヤン・ゴシックを花開かせる。16世紀には交差部上シンボリオがフアン・デ・バリェホによって1567年に完成し、本体工事は終結した。18世紀には聖具室と聖テクラ礼拝堂が増築され、主正面ゴシック扉口が改修された。1919年、レコンキスタの英雄エル・シッド・カンペアドール(ロドリーゴ・ディアス・デ・ビバール)と妻ヒメーナの遺骸がここへ移葬され、シンボリオ直下に永眠の場を得た。1984年10月31日、ユネスコは登録基準(ii)(iv)(vi)に基づき、これを世界遺産(ID316)として登録した。
文化的背景と意義
ブルゴス大聖堂はスペインにおいて、市の歴史地区や他建造物群と組み合わされることなく、それ自体単独で世界遺産登録された唯一の大聖堂である。サラマンカ、サンティアゴ・デ・コンポステーラ、アビラ、コルドバ、トレド、アルカラ・デ・エナーレス、クエンカ、セビーリャといった他のスペイン大聖堂群が都市または建造物群の一部として登録されているのと対照的に、純然たるゴシック建築美のみで普遍的価値を認められた。レコンキスタの英雄エル・シッドの墓所であることはスペイン民族叙事詩『わがシッドの歌』とも結びつき、国家アイデンティティの聖地としての性格を帯びる。サンティアゴ・デ・コンポステーラへ至るフランス人の道(カミーノ・フランセス)沿いに位置することから、巡礼路文化遺産との二重の文脈で読み解かれ、欧州ゴシック様式がイベリア半島で独自に咲かせた到達点として、建築史・宗教史・国家史が交差する場所となっている。
建築的詳細
ブルゴス大聖堂はラテン十字の平面に基づくフランス・ゴシック様式聖堂で、本堂・側廊・15の側廊礼拝堂・北西の14世紀回廊・南西の大司教邸が連結する複合体である。建材は近郊オントリア・デ・ラ・カンテラ採石場の石灰岩で、白さを帯びた石肌が外観の特徴。西正面は三層構成で、両側に角形鐘塔を頂く双塔が立ち、頂部の透かし彫り尖塔は15世紀にケルンのヨハンが完成させた六角形の小尖塔群を伴う。立面はパリやランス大聖堂と通じる純粋フランス・ゴシックの様式に従う一方、内部立面はブールジュ大聖堂を参照する。13世紀のサルメンタル門・コロネリア門はゴシック様式、16世紀のペレヘリア門はプラテレスコ・ルネサンス様式で施工されている。交差部上のシンボリオ(ランタン塔)はフランボワイヤン・ゴシックを代表する透かし細工で、内部からはエル・シッド夫妻墓所の上方に光をもたらす。コロニア家(フアン・シモン・フランシスコ)、フアン・デ・バリェホ、ヒル・デ・シロエらが彫像と建築を担い、ゴシックからプラテレスコへの様式変遷が一棟内に共存する。