雲仙岳

島原市 · JP

20以上の山々が連なる九州の活火山、 平成新山が今も語り継ぐ自然の力

長崎県島原半島の中央部に屹立する雲仙岳は、 普賢岳・平成新山を主峰とする20以上の山々からなる火山群。 日本初の国立公園指定地であり、 1990-1995年の噴火と1991年6月3日の大火砕流の記憶を伝える特別名勝の地である。

特別名勝

ベストシーズン・ベストタイム

4月下旬-5月中旬

ミヤマキリシマのピンク色の絨毯が仁田峠一帯を彩る、 雲仙の代名詞の絶景期

★★★★★

7月-8月

標高700メートルの雲仙温泉は避暑地で、 平均気温22度の涼しい高原リゾート

★★★★☆

10月下旬-11月中旬

妙見岳一帯のドウダンツツジ紅葉と平成新山のコラボが映える紅葉の名所

★★★★★

1月-2月

山頂の霧氷「花ぼうろ」が枝々を白く覆う、 九州とは思えぬ厳冬期の絶景

★★★★☆

見どころ TOP 3

  • 1.平成新山と普賢岳の溶岩ドーム

    1990-1995年の噴火で形成された平成新山(1483メートル)は長崎県最高峰。 主峰・普賢岳(1359メートル)と並び立つ溶岩ドームの絶壁は、 国指定天然記念物であり、 地球の鼓動を間近に感じられる活火山の象徴的景観である。

    仁田峠展望所からロープウェイで妙見岳へ、 視界の開ける午前中が好機

  • 2.雲仙地獄と硫黄香る温泉郷

    標高約700メートルの雲仙温泉に広がる「雲仙地獄」は、 30以上の噴気孔から水蒸気と硫化水素が立ち上る独特の景観。 江戸時代初期1653年開湯と伝わり、 キリシタン弾圧の舞台にもなった歴史を持つ硫黄泉の地獄巡り遊歩道が整備されている。

    大叫喚地獄・お糸地獄の遊歩道は朝の斜光で湯けむりが映える

  • 3.土石流被災家屋保存公園の遺構

    南島原市深江町の「道の駅みずなし本陣」併設保存公園では、 1992年8月の土石流で埋もれた11棟の家屋を当時のまま屋根越し展示。 1991年大火砕流の犠牲43名と被災家屋251棟の記憶を継承する稀少な災害伝承施設である。

    屋内ドーム展示は逆光なし、 屋外家屋は午後の斜光で土石流の質感が出る

物語・伝説

1991年6月3日16時8分、 普賢岳東斜面で発生した大火砕流は時速100キロメートルで斜面を駆け下り、 報道陣や火山学者が「定点」と呼んでいた撮影地点に到達。 フランスの火山学者クラフト夫妻ら43名が犠牲となった。 火砕流が世界で初めて鮮明な映像として継続記録された噴火活動であり、 ハリー・グリッケン博士ら国際的研究者の犠牲を機に火山防災と報道倫理は大きく転換した。 5年に及ぶ噴火活動は1996年に終息し、 溶岩ドームは「平成新山」と命名され、 2004年に国指定天然記念物となった。 災害遺構を見学する被災地観光「ジオツーリズム」は、 自然の力と向き合う現代日本の重要な学びの場である。

こんな人におすすめ

活火山と被災地の歴史に向き合いたい学習旅行者、 ミヤマキリシマや紅葉・霧氷を狙う花と山岳の写真愛好家、 江戸初期からの硫黄泉郷を求める温泉好き、 災害ジオツーリズムに関心ある防災学習者、 家族・カップルにも開かれた九州屈指の高原リゾート。

現地で知るべき豆知識

  • 1.ロープウェイで妙見岳から普賢岳・平成新山を仰ぐコースは1時間半の周回トレッキング。 平成新山は今も立入禁止だが、 安全な妙見岳側から最接近で間近に観察できる隠れた展望ポイントである
  • 2.雲仙地獄では生卵を1個150円前後で蒸し焼きにできる「温泉たまご」体験が定番。 黄身がトロリと半熟になる絶妙な仕上がりで、 売店で殻ごと購入してその場で食べる名物となっている
  • 3.がまだすドーム(雲仙岳災害記念館)では実物大の溶岩ドーム模型と火砕流シミュレーション映像が見られる。 入館料1050円(2024年時点)で、 平成新山ネイチャーセンターと組合せ訪問が深く学べる定番ルート

訪問情報

アクセス
島原鉄道島原駅から島鉄バス雲仙温泉行きで約45分。 諫早駅からも雲仙温泉行きで約80分。 福岡空港から長崎自動車道経由で車で約2時間半。 仁田峠展望所までは雲仙温泉から車で15分。
所要時間
雲仙温泉地獄巡りで2時間、 ロープウェイ+山頂で半日が目安。
予算目安
雲仙ロープウェイ往復1500円、 がまだすドーム1050円、 雲仙温泉日帰り入浴500円前後。 (2024年時点)

周辺観光

島原市の島原城(島原藩主松倉氏の居城・キリシタン関連史料館併設)まで車で30分、 雲仙温泉郷の地獄遊歩道は徒歩圏内、 がまだすドーム(雲仙岳災害記念館)は車で30分の島原市内にある。 平成新山ネイチャーセンターは仁田峠ロープウェイから車で20分の好アクセス。

詳しく知る

時間のある方向けの詳細情報。

年表

  1. 約50万年前

    活動開始

    雲仙火山の活動が始まり、 火砕流やマグマ水蒸気爆発を中心とする爆発的噴火期に入る

  2. 701年

    温泉山の開山

    大宝元年、 行基が大乗院満明寺と四面宮(温泉神社)を開いたと伝わり、 山岳信仰の霊山となる

  3. 1653年

    雲仙温泉の開湯

    承応2年、 加藤善右衛門が延暦湯を開き、 江戸時代初期の硫黄泉郷として雲仙温泉が栄え始める

  4. 1663年

    寛文の噴火

    普賢岳北北東の飯洞岩から溶岩が流出、 翌春の九十九島火口出水で死者30余名の被害

  5. 1792年

    島原大変肥後迷惑

    寛政4年4月1日、 眉山の山体崩壊と有明海津波で肥前・肥後合わせ死者行方不明者1万5000人、 日本史上最大の火山災害

  6. 1934年

    日本初の国立公園指定

    昭和9年、 雲仙国立公園(後の雲仙天草国立公園)が日本最初の国立公園として指定された

  7. 1990年11月

    198年ぶりの噴火再開

    平成2年11月17日、 山頂神社脇の2か所から噴煙が立ち上り、 198年の沈黙を破って噴火再開

  8. 1991年6月3日

    大火砕流の悲劇

    16時8分発生の大火砕流で報道陣・火山学者ら43名が犠牲、 クラフト夫妻ら国際的研究者も含まれた

  9. 1992年8月

    土石流被害の拡大

    深江町水無川流域で大規模土石流が発生し、 後に「土石流被災家屋保存公園」として遺構が保存される

  10. 1996年5月

    噴火活動の終息

    平成8年、 9432回目の火砕流を最後に5年半に及ぶ噴火活動が終息、 溶岩ドームが「平成新山」と命名

  11. 2004年4月

    国指定天然記念物

    平成新山が国指定天然記念物に指定され、 山頂周辺は国立公園特別保護地区となる

歴史をもっと深く

雲仙岳の活動史は約50万年前に始まり、 火砕流やマグマ水蒸気爆発を中心とする前期と、 溶岩ドームを中心とする後期の二期に大別される。 10万年前以降に野岳・妙見岳・普賢岳の順で火山活動が推移して現在の地形が形成された。 古くは「温泉山(おんせんざん)」と呼ばれ、 大宝元年(701年)に行基が大乗院満明寺と四面宮(温泉神社)を開いたと伝わる山岳信仰(修験道)の霊山であった。 江戸時代の主要な噴火として、 1663年(寛文3年)12月の普賢岳北北東での溶岩流出と翌春の九十九島火口出水で死者30余名、 そして1792年(寛政4年)の「島原大変肥後迷惑」がある。 寛政4年4月1日(1792年5月21日)に眉山で発生した山体崩壊と、 これに伴う有明海津波で肥前国と肥後国合わせて1万5000人の死者・行方不明者を出した、 有史以来日本最大の火山災害として記録される。 1934年(昭和9年)に日本初の国立公園として雲仙国立公園(後の雲仙天草国立公園)が指定された。 その後198年の沈黙を破り、 1990年(平成2年)11月17日に山頂神社脇の2か所から噴火を再開。 1991年(平成3年)2月から噴火が拡大し、 5月20日に地獄跡火口で溶岩ドーム形成が確認された。 6月3日16時8分の大火砕流では43名が犠牲となり、 被災家屋251棟、 経済被害約2300億円に達した。 1993年6月の火砕流でも1名が死亡。 噴火活動は1995年3月頃まで継続し、 1996年5月に9432回目の火砕流をもって終息。 同年、 普賢岳山頂部に成長した溶岩ドームが「平成新山」と命名された。 2004年4月5日に平成新山が国指定天然記念物に指定され、 山頂付近一帯は国立公園の特別保護地区に指定されている。

文化的背景と意義

雲仙岳一帯は雲仙天草国立公園として日本初(1934年)の国立公園に指定された自然遺産であり、 平成新山が国指定天然記念物(2004年)、 雲仙岳全体が特別名勝としても指定される複合的な文化財である。 1991年大火砕流の犠牲者には、 火山学界の重鎮であったフランスのモーリス・クラフト夫妻(火山映像記録の世界的第一人者)、 米地質調査所のハリー・グリッケン博士、 日本人火山学者・報道関係者・消防団員・住民が含まれ、 国際的火山防災研究と報道倫理の転換点となった。 「定点」と呼ばれた撮影地点の悲劇は、 災害取材における安全距離・避難勧告地域への立入禁止のあり方を世界中の防災当局・メディアに再考させ、 現代の火山ハザードマップと噴火警戒レベル制度の制定にも影響を与えた。 1792年の「島原大変肥後迷惑」の津波犠牲1万5000人は有史以来日本最大の火山災害として歴史教科書に必ず登場する。 山岳信仰の聖地・キリシタン弾圧の舞台・江戸初期からの温泉郷・現代の火山被災地と、 1300年以上の重層的文化を持つ稀有な火山である。

建築的詳細

雲仙岳は別府-島原地溝帯の西部に位置する火山群で、 中央部を雲仙地溝が横断する。 その一部である橘湾はほぼ円形の千々石カルデラを形成し、 地下数十キロメートルのマグマだまりから普賢岳・平成新山にマグマが供給されている。 火山群は20以上の山々から構成され、 主峰の普賢岳 (1359メートル) を中心に、 平成新山 (1483メートル、 長崎県最高峰)、 国見岳 (1347メートル)、 妙見岳 (1333メートル)、 野岳 (1142メートル)、 九千部岳 (1062メートル)、 矢岳 (943メートル) などが連なる。 約50万年前以降の活動史で、 野岳・妙見岳・普賢岳・眉山の4つの主要な溶岩ドームが順次形成された。 人工構造物として、 1990-1995年の噴火災害を踏まえた火山防災インフラが整備されている。 雲仙岳災害記念館 (がまだすドーム) は実物大の溶岩ドーム模型と火砕流シミュレーション映像を備え、 道の駅みずなし本陣の保存公園では1992年8月の土石流で埋もれた11棟の家屋が屋根越し展示として保存される。 仁田峠からのロープウェイで妙見岳に上がれば普賢岳・平成新山を間近に望める。 標高約700メートルの雲仙温泉は30以上の噴気孔から水蒸気と硫化水素が噴出する硫黄泉で、 1653年開湯と伝わる。

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