厳島
廿日市市 · JP
島そのものが神、 弥山原始林と神鹿が棲む日本三景・世界遺産の聖島
広島湾北西部に浮かぶ周囲約30km・面積30.2km2の花崗岩の島。 古代から島そのものが神と崇められ、 標高535mの弥山原始林と神使の鹿が共生する文化景観は1996年に世界遺産、 2012年にラムサール条約湿地、 国の特別史跡・特別名勝にも指定されている。
ベストシーズン・ベストタイム
紅葉谷公園と弥山中腹のモミジが最盛期を迎え、 弥山頂上からの紅葉と瀬戸内多島美の組合せが年間最高の眺め
★★★★★
町家通りや包ヶ浦の桜と新緑の弥山原始林、 鹿の出産期で子鹿が見られる狙い目シーズン
★★★★☆
海水浴と弥山登山が同時に楽しめるが、 厳島水中花火大会 (8月例年) は混雑ピークで宿確保が困難
★★★☆☆
雪化粧した弥山と元旦未明の初日の出は神秘的だが、 ロープウェー減便と冷え込みで防寒装備必須
★★★☆☆
見どころ TOP 3
1.弥山山頂から瀬戸内海の多島美
標高535mの最高峰・弥山山頂からは瀬戸内海と能美島・江田島まで一望でき、 伊藤博文が「日本三景の真価は弥山頂上の眺望に有り」と絶賛した絶景でやんす。 ロープウェーから30分の登山で到達できる聖地でげす。
獅子岩展望台または弥山頂上の磐座、 朝7-9時の順光と元旦未明の初日の出が至高
2.紅葉谷公園の燃える秋
弥山山麓の渓流沿いに広がる紅葉谷公園は、 イロハモミジ・オオモミジ・ヤマモミジが約700本群生する日本有数の紅葉名所で、 11月中旬から下旬の最盛期には谷全体が燃えるような赤に染まる絶景でげす。
公園入口から紅葉橋までの遊歩道中盤、 午後の逆光透過光で葉脈まで輝く瞬間が狙い目
3.島内を自由に歩く神使の鹿
島内には野生のニホンジカが約500頭生息し、 神道で神の使いとされてきたため古来狩猟が禁じられてきた。 集落の路地・参道・浜辺まで自由に歩き、 観光客と並んで歩く光景は厳島ならではの日常風景でやんす。
包ヶ浦自然公園や町家通り早朝、 餌付け不可ルールを守り目線高さで横構図
物語・伝説
こんな人におすすめ
現地で知るべき豆知識
- 1.弥山登山は紅葉谷コース・大聖院コース・大元コースの3本があり、 ロープウェー利用なら獅子岩駅から頂上まで徒歩30分。 体力に余裕があれば大聖院コースで弥山本堂・霊火堂を経て登るのが弘法大師ゆかりの本来の参詣路でげす
- 2.宮島の鹿は神使だが餌付け・接触は条例で禁止されており、 紙袋やビニール袋は奪われやすいのでザックの中にしまうのが鉄則。 早朝の路地で鹿の親子と出会える穴場は包ヶ浦自然公園の駐車場周辺でやんす
- 3.日帰り客が18時頃のフェリーで本州へ戻った後の島内は宿泊客のみとなり、 町家通りや浜辺は驚くほど静寂に包まれる。 一泊して夜と早朝の宮島を歩くと観光地と聖地の両方の顔を体感できるでげす
訪問情報
- アクセス
- JR広島駅から山陽本線で宮島口駅まで約26分、 宮島口桟橋からJR西日本宮島フェリーまたは宮島松大汽船で約10分。 広島港から高速船もあり所要約26分でげす。
- 所要時間
- 島内中心部のみ半日、 弥山登山を含めれば1日、 紅葉谷+宿泊で1泊2日が理想
- 予算目安
- フェリー往復360円前後 (2024年時点)、 弥山ロープウェー往復2,000円前後、 弥山入山協力金など、 最新は公式サイト要確認
周辺観光
島内では弥山山麓の大聖院 (弘法大師ゆかりの真言宗御室派大本山) と大願寺 (日本三大弁財天) が徒歩圏、 対岸の宮島口には平山郁夫美術館が徒歩5分。 フェリーと電車1時間圏内に原爆ドーム・広島平和記念公園、 縮景園 (浅野家別邸庭園) も組合せ可でげす。
詳しく知る
時間のある方向けの詳細情報。
年表
- 593年
厳島神社創建伝承
推古天皇元年に佐伯鞍職が厳島神社を創建したと伝わる。 古代から島そのものが宗像三女神の依代として自然崇拝の対象であった。
- 1168年
平清盛の社殿造営
仁安3年、 安芸守となった平清盛が現在の寝殿造の社殿群を造営し、 海上から大鳥居をくぐる前例なき参詣様式を発想する。
- 1555年
厳島合戦
天文24年、 毛利元就と陶晴賢の決戦の舞台となり、 元就の奇襲で陶軍が壊滅、 毛利氏の中国地方支配が確立した。
- 1587年
千畳閣の造営開始
豊臣秀吉が安国寺恵瓊に命じて千畳閣 (豊国神社本殿) の造営を始めるが、 秀吉死去により未完成のまま残された。
- 1643年
日本三景の由来
寛永20年、 林春斎が『日本国事跡考』で厳島を松島・天橋立と並ぶ「三処奇観」と評価し、 これが「日本三景」の由来となる。
- 1900年
定期航路の開設
明治33年に定期航路が開設され、 旧来の渡し船依存から脱して参詣客が急増、 伊藤博文が弥山一般登山路を整備する。
- 1934年
瀬戸内海国立公園
昭和9年、 厳島全域と周辺海域が瀬戸内海国立公園に編入され、 自然公園法の特別保護区域として保護される。
- 1950年
厳島町から宮島町へ改称
戦後の昭和25年に地方自治体名が「厳島町」から「宮島町」に改称され、 観光振興上の名称統一が進む。
- 1952年
特別史跡及び特別名勝
昭和27年、 厳島が国の特別史跡及び特別名勝に二重指定され、 弥山の原始林は国の天然記念物に指定される。
- 1996年
世界遺産登録
平成8年、 厳島神社社殿群と弥山原始林を含む文化的景観としてユネスコ世界遺産に登録される。
- 2005年
廿日市市と合併
平成17年、 宮島町が廿日市市と合併、 島は廿日市市宮島町として行政上の新たな枠組みに入る。
- 2012年
ラムサール条約湿地
平成24年7月3日、 海岸の一部がミヤジマトンボの生息地としてラムサール条約湿地に登録される。
- 2021年
重伝建選定
令和3年8月、 厳島神社付近の町並みが「廿日市市宮島町伝統的建造物群保存地区」として重要伝統的建造物群保存地区に選定される。
- 2024年
入込観光客 485万人
廿日市市発表によると宮島地区への年間入込観光客数が過去最高の485万人を記録、 国内外からの参詣・登山・観光が新たな段階に入る。
歴史をもっと深く
厳島は地質学的には花崗岩の山塊が中国山地の断層運動で隆起し、 最終氷期終焉期の海水面上昇で本州から切り離された島である。 古代から島そのものが自然崇拝の対象であり、 593年 (推古天皇元年) には佐伯鞍職が島内に厳島神社を創建したと伝わるが、 社殿の整備が本格化するのは平安時代末期で、 1168年 (仁安3年) に安芸守となった平清盛が現在の寝殿造の社殿群を造営し、 海上から大鳥居をくぐる前例のない参詣様式を発想した。 平氏滅亡後も1185年 (文治元年) に源頼朝が、 1207年 (承元元年) と1223年 (貞応2年) に大火で社殿が焼失したが都度再建された。 戦国時代の1555年 (天文24年/弘治元年) には毛利元就と陶晴賢の厳島合戦の舞台となり、 元就の奇襲で陶軍が壊滅したことで毛利氏の中国地方支配が確立した。 1587年 (天正15年) には豊臣秀吉が安国寺恵瓊に命じて千畳閣 (豊国神社本殿) の造営を始めるが、 秀吉死去で未完成のまま残された。 江戸時代初期の1619年 (元和5年) に広島藩主が福島正則から浅野氏に交代した後、 広島藩が宮島を藩直轄地と定めて宮島奉行を設置し、 「宮島三役」が島内の管理運営を担う体制が江戸時代を通じて続いた。 江戸時代中期の1643年 (寛永20年) には林春斎が『日本国事跡考』で厳島を松島・天橋立と並ぶ「三処奇観」と評価し、 これが「日本三景」の由来となった。 明治期の1868年 (明治元年) の神仏分離令で本地仏が大願寺へ移され、 1889年 (明治22年) に厳島町が成立。 1900年 (明治33年) に定期航路が開設されると参詣客が急増、 伊藤博文が弥山一般登山路を整備した。 1934年 (昭和9年) に瀬戸内海国立公園の特別保護区域、 1950年 (昭和25年) に厳島町から宮島町へ改称、 1952年 (昭和27年) に国の特別史跡及び特別名勝に指定、 弥山原始林は天然記念物に指定された。 1996年 (平成8年) に厳島神社と弥山原始林がユネスコ世界遺産に登録、 2005年 (平成17年) に廿日市市と合併、 2012年 (平成24年) にミヤジマトンボ生息地としてラムサール条約湿地に登録、 2021年 (令和3年) には宮島町伝統的建造物群保存地区に選定された。 2024年の島への入込観光客数は廿日市市発表で過去最高の485万人を記録している。
文化的背景と意義
厳島は1952年に国の特別史跡及び特別名勝の二重指定を受けた稀有な島で、 弥山原始林はさらに国の天然記念物に指定されている。 1996年のユネスコ世界遺産登録は厳島神社社殿群と弥山原始林を含む包括的な「文化的景観」としての評価であり、 構造物単独ではなく島全体の自然と人為の調和が世界遺産価値の核となっている点が他の日本の世界遺産と異なる特徴でやんす。 名称は「厳島」「宮島」「安芸の宮島」の三者が併存し、 学術書・公文書では「厳島」、 観光振興・地名としては「宮島」が用いられる慣行があり、 国土地理院は「厳島」、 林野庁・環境省は「宮島」を採用するなど行政内でも揺れがある。 江戸期に成立した「日本三景」は林春斎『日本国事跡考』の三処奇観評価に由来し、 松島 (宮城)・天橋立 (京都) と並ぶ景勝地として今日も観光振興の根幹となっている。 トリップアドバイザーは2011年に「外国人に人気の日本の観光スポット」第1位に選出し、 原爆ドームと並ぶ広島県の代名詞的存在として国際的に認知される。 神道では鹿は神使とされ古来狩猟が禁じられ、 シャモジは島に住んだ僧侶が考案したと伝わり、 もみじ饅頭は宮島土産の代名詞となるなど、 信仰と生活が一体となった文化景観が今も生きているでげす。