ルーアン大聖堂

ルーアン · FR

三本の塔がそれぞれ違う時代を語る、モネが30回描いたフランス・ゴシックの縮図

フランス北西部ノルマンディーの古都ルーアン旧市街に立つ、ノルマンディー大司教座聖堂。初期ゴシックからフランボワイヤン、ルネサンス、19世紀鋳鉄尖塔までが一身に集約し、1876-1880年の4年間は151mで世界最高建築物の頂点に立った稀有な大聖堂である。

ベストシーズン・ベストタイム

4月中旬-5月下旬

新緑のセーヌ河畔と西ファサードの石灰岩が朝霞で柔らかく光り、モネの「朝の効果」の構図を実体験できる

★★★★★

6月下旬-8月下旬

夏季限定でバター塔の塔登り見学が開催され、屋根越しに旧市街と尖塔を見下ろせる

★★★★☆

9月中旬-10月下旬

観光客が落ち着き、夕方の斜光で南西ファサードの彫像群がくっきり立体化、撮影適期

★★★★☆

12月上旬-1月上旬

夏期と異なる夜間プロジェクションマッピング「カテドラル・ド・リュミエール」が上演される

★★★★☆

見どころ TOP 3

  • 1.三塔三様式の西ファサード

    12世紀初期ゴシックのサン・ロマン塔、16世紀フランボワイヤンのバター塔、19世紀鋳鉄製の中央尖塔。一つの正面に三世代の建築様式が並ぶ世界でも稀な構成で、モネ連作30点の主題となった面でもある。

    正面広場からやや西寄り、午前中の斜光で三塔の凹凸を立体的に

  • 2.9.5トンの鐘を抱くバター塔

    1488年から16世紀初頭にかけて建造された高さ82mのフランボワイヤン後期様式塔。塔内には「ジャンヌ・ダルク」と名付けられた9.5トンの大鐘が吊られ、塔名は大斎期のバター摂取特免の寄付に由来する。

    南西広場側から見上げる構図で、夕方西日の暖色が石彫を浮き立たせる

  • 3.中央身廊の光と13世紀ステンドグラス

    全長135mの大聖堂の中央身廊は天井高28mで、13世紀から20世紀までのステンドグラスが時代別に共存する。北側廊サン・スヴェール礼拝堂の13世紀ガラスが最古で、北翼廊14世紀バラ窓と並ぶ見所だ。

    西扉口から中央通路を進み正午前後の自然光で身廊を縦構図に

物語・伝説

1144年、若き大司教ユーグ・ダミアンはサン・ドニ大聖堂奉献式に参列し、光に満ちた新様式に魅了された。翌1145年、彼は自らの聖堂でゴシック塔の建設を始め、それが400年にわたる「世代をまたぐ大事業」の口火となる。1200年復活祭前夜の大火、1944年の連合軍爆撃と、聖堂は二度の破壊を経験しながらも、棟梁ジャン・ダンドリの即時復旧、戦後修復士たちの12年に及ぶ献身で蘇った。クロード・モネが1892年からこの正面を時間と光の変化のもとに30点以上描き続けたとき、彼は単なる絵画ではなく、800年積み重ねた石の表情そのものを記録していたのである。

こんな人におすすめ

ゴシック建築の様式変遷を一望したい建築史愛好家、印象派絵画とゆかりの地を一日で巡りたい美術ファン、ノルマンディー公国とフランス王権の交錯を体感したい中世史マニア、そしてパリから日帰り圏で「本物」のフランス・ゴシックに浸りたい旅行者に最適。

現地で知るべき豆知識

  • 1.正面広場の北西角、ルーアン観光局横の歩道に「モネが連作30点を描いた窓」のあった旧邸宅跡があり、地面の銘板で構図を再現できる隠れた撮影ポイントとして美術ファンに人気の場所だ
  • 2.ボランティアガイドツアーは英仏語のみ案内が多く、日曜夕方は団体観光客が引き、地元住民の生活儀礼に静かに立ち会えるため、観光ラッシュを避けたい訪問者にとって最良の時間帯となる
  • 3.聖堂内陣にはノルマンディー初代公ロロと第三代公リシャール1世の墓が並び、英仏王朝史の起点を実物で確認できる現場として、中世史愛好家には絶対の見所として推奨される稀少な空間である

訪問情報

アクセス
パリ・サン・ラザール駅からTER普通列車で約1時間15分、ルーアン・リヴ・ドロワット駅から徒歩約10分で旧市街中心の大聖堂前広場に到達できる。
所要時間
聖堂内部30分から1時間、夏期塔登りを加えて約1時間半から2時間
予算目安
聖堂内部は無料、塔登りは夏季別途7-10ユーロ、パリからTER往復約30ユーロ、昼食20ユーロが目安(2024年時点)。

周辺観光

徒歩圏には木組みの家々が連なるグロ・オルロージュ通り、14世紀の大時計台グロ・オルロージュ、ジャンヌ・ダルクが処刑された旧市場広場と20世紀建築の聖ジャンヌ・ダルク教会、モネ連作のうち1点を所蔵するルーアン美術館、大司教館を改装したジャンヌ・ダルク歴史館、フランボワイヤン・ゴシックのサン・トゥアン修道院教会が30分の散策圏に収まる。

詳しく知る

時間のある方向けの詳細情報。

年表

  1. 395年

    初代バシリカ建立

    現大聖堂の位置に三廊式の大バシリカが建設され、ルーアン司教座聖堂の起源となる。

  2. 915年

    ロロ受洗

    ノルマンディー初代公ロロがカロリング朝大聖堂で洗礼を受け、933年にこの地に埋葬されてノルマン公国の精神的中心となる。

  3. 1063年

    ロマネスク聖堂奉献

    ロベール司教の再建したロマネスク大聖堂が、後の英国王ウィリアム1世臨席のもとでマウリル大司教により奉献された。

  4. 1145年

    ゴシック再建開始

    ユーグ・ダミアン大司教がサン・ドニ奉献に触発され、サン・ロマン塔から新たなゴシック様式での再建を開始する。

  5. 1200年

    復活祭前夜の大火

    建設途中の聖堂と街区が大火で大被害を受けるが、棟梁ジャン・ダンドリの指揮で速やかに復旧される。

  6. 1280年

    北南翼廊扉口完成

    兄弟団や同業組合の要請で、北と南の翼廊扉口および間の小礼拝堂群が段階的に整備された。

  7. 1488年

    バター塔着工

    サン・ロマン塔の対をなす南西塔の建設が始まり、大斎期のバター特免への寄付で建造費が調達される。

  8. 1544年

    主要部完成

    ゴシック身廊・フランボワイヤン両塔・ルネサンス装飾が一身に集まる主要部の建設がここに区切られる。

  9. 1822-1876年

    鋳鉄尖塔建造

    中央交差部に高さ151mの鋳鉄製尖塔が建てられ、1876年から1880年の4年間世界最高建築物の地位に立った。

  10. 1892-1894年

    モネ連作制作

    クロード・モネが正面広場に面した借り部屋から西ファサードを朝夕霧の変化のもとに30点以上描いた。

  11. 1944年4月

    連合軍爆撃

    ノルマンディー上陸作戦に先立つルーアン爆撃で北翼廊と聖具室が損傷、聖堂は二度目の大破壊を経験する。

  12. 1956年

    戦後修復完了

    12年にわたる修復事業が主要部で完了し、その後も継続的な保全と石材修復が現在まで続いている。

歴史をもっと深く

ルーアン大聖堂の起源は3世紀の初代司教メロニウスの時代に遡り、395年に三廊式バシリカが現位置に建てられた。755年にカール・マルテルの息子レミ大司教が大聖堂参事会を設立し聖堂周辺に複数の建物を整備したが、841年からのヴァイキング襲撃で大聖堂群は深刻な被害を受けた。しかし915年にノルマンディー初代公ロロがカロリング朝大聖堂で洗礼を受け、933年に同地に埋葬されて以降、聖堂はノルマン公国の精神的中心地として再建が進む。1020年代から司教ロベールがロマネスク様式での再建に着手、1063年10月1日にマウリル大司教が、後の英国王ウィリアム1世(征服王)となるノルマンディー公ウィリアムの臨席のもとで奉献した。ゴシック様式での再建は、1144年のサン・ドニ大聖堂奉献に立ち会ったルーアン大司教ユーグ・ダミアンが発議し、1145年にサン・ロマン塔の建設で口火を切る。後継のゴーティエ・ル・マニフィークは1185年にロマネスク身廊を解体し西側部の本格再建を開始、1200年復活祭前夜の大火で大被害を受けるが棟梁ジャン・ダンドリの指揮で復旧した。1204年にはフランス王フィリップ2世がノルマンディー王領併合の典礼をここで挙行し、1207年に主祭壇設置、1280年に北南翼廊の扉口、1302年には東端の聖母礼拝堂、1370年から1450年に西ファサード装飾が順次完成した。15世紀末から16世紀のジョルジュ・ダンボワーズ枢機卿(在任1494-1510)時代に聖堂は新たな転機を迎え、1468年からサン・ロマン塔頂部が後期ゴシックのフランボワイヤン様式で改修、1488年から「バター塔」の建設が始まる。バター塔の名は教皇が枢機卿に大斎期のバター摂取特免を出す代わりに塔建設への寄付を求めた制度に由来する。1544年に主要部の完成を見たのち、1822年から1876年にかけて鋳鉄製の尖塔が建てられ、1876年から1880年の4年間、151mの世界最高建築物として頂点に立った。第二次世界大戦中の1944年4月の連合軍爆撃で大聖堂は部分的に被災、特に北側翼廊と聖具室が損傷を受けたが、1956年に主要修復工事が完了し現在も継続的な保全が続けられている。

文化的背景と意義

ルーアン大聖堂は、初期ゴシック・盛期ゴシック・後期フランボワイヤン・ルネサンス・19世紀近代産業時代の鋳鉄構造までが一つの大聖堂に堆積する点で、フランス・ゴシック建築史の縮図的記念物として研究上の価値が極めて高い。ノルマンディー初代公ロロの埋葬地としての歴史は、ノルマン朝を介して英仏二大王朝の祖先地としての位置づけを与え、現在も聖堂内陣にロロおよびリシャール1世の墓が祀られる。1876年から1880年の世界最高建築物の地位は、エッフェル塔(1889年)以前の「より高く」を競う近代産業時代の象徴であり、鋳鉄構造を中世大聖堂に導入した点で工学史上の画期事例でもある。クロード・モネが1892年から1894年にかけて同じ西ファサードを朝・正午・夕・霧のもとに30点以上描いた連作は、印象派絵画の頂点の一つとして美術史に位置づけられており、「対象を時間と光の変化のもとで分析する」という印象派の核心的方法論を成立させた現場として、聖堂は絵画史の聖地でもある。

建築的詳細

ルーアン大聖堂は全長135メートルの十字形ゴシック聖堂で、三本の塔がそれぞれ異なる時代と様式を示す稀有な構成を取る。北西の「サン・ロマン塔」は12世紀初期ゴシック様式で建設され1468年にフランボワイヤン頂部が加えられた高さ77mの塔、南西の「バター塔」は1488年から16世紀初頭の後期フランボワイヤン様式で高さ82m、内部に9.5トンの「ジャンヌ・ダルク」と呼ばれる大鐘を収める。中央交差部の鋳鉄製尖塔は1822年から1876年建造の19世紀建築で、高さ151mはフランスの聖堂尖塔として最高。聖堂内のステンドグラスは北側廊サン・スヴェール礼拝堂の13世紀作が最古で、北翼廊14世紀バラ窓、19世紀から20世紀の補作までが共存する。西ファサードの彫像群と扉口装飾はゴシックからフランボワイヤン期の段階的増築の集積を示し、近年は石材分析と保存科学の重要対象となっている。中央身廊の天井高は28メートルでフランス国内のゴシック大聖堂としても屈指の規模を誇る。

外部リンク

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