東京駅

千代田区 · JP

赤レンガと辰野式ルネッサンスが甦った、日本の表玄関にして重要文化財の中央停車場

東京都千代田区丸の内、皇居正面に建つ東京駅は、1914年に辰野金吾が設計した赤レンガ駅舎が2012年に創建当時の3階建てへ完全復原された日本鉄道網の最大拠点。30線18ホームの日本一のターミナルでありながら、丸の内駅舎は2003年に重要文化財に指定された生きた近代建築遺産である。

重要文化財

ベストシーズン・ベストタイム

3月下旬-4月上旬

皇居外苑・行幸通りの桜並木と赤レンガ駅舎の景観が春の都市風景の最高峰を成す

★★★★★

6月-8月

日が長く夕方ライトアップを待つのに最適、ただし日中は屋外撮影が酷暑となる

★★★☆☆

11月-12月上旬

丸の内仲通りのイルミネーションと駅舎ライトアップが共演する都市夜景の最盛期

★★★★★

12月-2月

クリスマスから東京ミチテラスまで丸の内一帯の光イベントが続く撮影絶好期

★★★★☆

見どころ TOP 3

  • 1.丸の内駅舎ファサードと辰野式赤レンガ建築

    東西長330メートル・3階建ての赤レンガ駅舎は、品川白煉瓦と埼玉深谷レンガを併用した辰野式ルネッサンス様式の最高傑作。南北両翼にドーム屋根を擁し、皇居正面に対峙する国家象徴的な意匠は近代日本の表玄関を体現する。

    丸の内駅前広場の正面中央から、夕暮れライトアップ時の対称構図がベスト

  • 2.南北ドーム天井の鳳凰・干支レリーフ

    2012年復原工事の白眉である南北ドーム内部は、八角形天井に八方位の干支レリーフと鳳凰の装飾が施された豪華絢爛な空間。戦災で失われた創建意匠を蘇らせた文化財復原の代表事例で、改札外から無料で見上げて鑑賞できる。

    丸の内北口・南口の改札外コンコースから真上を見上げ、広角レンズで全周構図

  • 3.夜間ライトアップと駅前広場の幻想風景

    日没から21時頃まで実施されるライトアップは、赤レンガ壁面とドーム屋根が暖色照明に浮かび上がり昼とは別格の景観を生む。2017年整備の丸の内駅前広場とKITTEや新丸ビルの夜景と一体で楽しめる東京屈指の都市夜景スポットである。

    丸ビル5階テラスかKITTE屋上庭園から駅舎全景を俯瞰、三脚で長秒露光が映える

物語・伝説

1908年、ドイツ人技師フランツ・バルツァーが定めた設計枠を引き継いだ辰野金吾は、英国留学で培ったクイーン・アン様式を昇華させた赤レンガ駅舎を1914年に完成させた。第二次大戦末期の1945年5月25日、東京大空襲で焼夷弾が降り注ぎ屋根と内装が炎上したが、レンガ躯体は耐え抜いた。戦後の物資不足下で3階を撤去し2階建てに簡素化した仮復旧の駅舎は半世紀以上「東京の顔」として親しまれたが、2007年から始まった保存復原工事で、2012年10月、98年ぶりに辰野が描いた3階建ての姿が完全に蘇った。地下には免震装置が新設され、文化財と機能の両立を体現する稀有な事例となった。

こんな人におすすめ

近代建築と鉄道史を堪能したい建築・歴史愛好家、丸の内夜景を狙う写真愛好家、新幹線旅行の起点として全国の名城・古社寺巡りを始めるトラベラー、駅ナカグルメと土産探しを楽しむ家族・カップルにおすすめ。羽田・成田から直結し国内旅行の最大拠点。

現地で知るべき豆知識

  • 1.丸の内北口・南口のドーム天井は改札外から無料で観賞でき、首が痛くなる前に丸ビル5階テラスや新丸ビル7階テラスから外観全景を併せて押さえると効率的に名所を網羅できる
  • 2.東京ステーションホテルは丸の内駅舎内に立地する希少な文化財ホテルで、宿泊しなくても1階ロビーラウンジ「ロビーラウンジ」やバー「オーク」でアフタヌーンティーや酒を楽しむと駅舎内部を体感できる
  • 3.八重洲地下街と東京駅一番街のキャラクターストリート・東京おかしランド・ラーメンストリートは雨天や猛暑日でも快適、お土産選びは大丸東京店地下のスイーツゾーンが手土産王道で外さない選択肢

訪問情報

アクセス
羽田空港から京急・モノレールで浜松町経由約40分、成田空港から成田エクスプレスで約60分。東京メトロ丸ノ内線で新宿・池袋・銀座方面へ直結し、新幹線で全国34都道府県へ乗換なしで結ばれる。
所要時間
駅舎観賞のみ1時間、駅ナカグルメと買物含めて半日が目安。
予算目安
駅舎観賞・ドーム鑑賞は無料。グランスタ・東京駅一番街での飲食2000-4000円、土産2000-5000円が目安。(2024年時点)

周辺観光

皇居外苑・東御苑へ徒歩10分、丸の内仲通りのブランド街・KITTE・三菱一号館美術館はいずれも徒歩圏内。日本橋・銀座・有楽町・人形町・神田まで徒歩20分圏で、夜景・グルメ・買物が同時に楽しめる東京中心部の最強拠点となる。

詳しく知る

時間のある方向けの詳細情報。

年表

  1. 1896年

    中央停車場建設可決

    第9回帝国議会で新橋-上野間高架鉄道途中に「中央停車場」を設置することが可決され、駅構想が始動した

  2. 1908年

    建設工事本格化

    日露戦争後に大林組施工で工事が本格化、辰野金吾と葛西萬司が辰野式ルネッサンス様式の駅舎を設計

  3. 1914年12月

    東京駅開業

    3階建て赤レンガ駅舎が完成し12月20日に開業、大隈重信首相が開業式で演説し東京の表玄関となる

  4. 1929年

    八重洲橋口開設

    東側に八重洲橋口(現八重洲口)が開設され、両側からアクセス可能な近代ターミナルへ発展

  5. 1945年5月

    東京大空襲被災

    山の手大空襲で焼夷弾が丸の内駅舎降車口に着弾、鉄骨屋根と内装の大半が焼失するもレンガ躯体は残る

  6. 1947年

    戦災復旧工事完了

    3階部分を撤去して2階建てに変更、南北ドームは丸型から台形に変更しつつ仮復旧を果たす

  7. 1964年10月

    東海道新幹線開業

    東京-新大阪間で世界初の高速鉄道網が開業、東京駅は新幹線ターミナルとしての性格を確立

  8. 1991年

    東北・上越新幹線延伸

    上野駅から東京駅へ東北・上越新幹線が延伸開業、北日本への玄関口としての機能が加わる

  9. 2003年

    重要文化財指定

    丸の内駅舎が国の重要文化財に指定、重文指定の駅建築は東京駅と門司港駅の2駅のみとなる

  10. 2007-2012年

    保存復原工事

    5年がかりで3階建て創建時の姿が完全復原、南北ドームと天井装飾が98年ぶりに蘇った

  11. 2012年10月

    創建時駅舎の完全復原

    10月1日に復原工事が竣工、地下免震装置352基を備える文化財建築として再生を遂げた

  12. 2013年

    グランルーフ完成

    八重洲側に膜屋根長230メートルのグランルーフが完成、現代的駅前空間が整備された

歴史をもっと深く

東京駅の歴史は1889年(明治22年)、新橋駅と上野駅を結ぶ高架鉄道建設が東京市区改正計画として立案されたことに始まる。1896年(明治29年)の第9回帝国議会で新線途中に「中央停車場」を設置することが可決され、ドイツから招聘されたフランツ・バルツァーが駅位置・規模・構内配置を策定した。日露戦争を挟んだ1908年(明治41年)に建設工事が本格化し、施工は大林組が担当した。駅舎は陸軍練兵場跡だった西側(現丸の内側)に決定され、皇居正面と対峙する国家象徴の位置に置かれた。バルツァーは日本風駅舎を提案したが日本側の反対で採用されず、英国留学経験を持つ辰野金吾と葛西萬司が「辰野式ルネッサンス」と呼ばれる赤レンガ造3階建ての洋式建築として設計を完成させた。総建坪9545平方メートル・長さ330メートルの豪壮華麗な意匠で、南北両端にドーム屋根を擁し、中央玄関は皇室専用、丸の内南口を乗車口、北口を降車口とした。1914年(大正3年)12月20日、青島の戦いから凱旋した陸軍司令官神尾光臣中将の皇居参内に合わせて開業式が行われ、大隈重信首相が演説した。1919年に中央本線、1925年に東北本線電車線(現京浜東北線)、1928年に東北本線列車線(現宇都宮線)が乗り入れ、1929年には東側の八重洲橋口(現八重洲口)が開設された。1923年の関東大震災では大きな被害を逃れ、1935年・1940年の満洲国皇帝溥儀来日や1938年のヒトラーユーゲント来日など東京の表玄関として機能した。1945年(昭和20年)5月25日の東京大空襲(山の手大空襲)で焼夷弾が丸の内駅舎降車口に着弾、鉄骨屋根と内装の大半が焼失したがレンガ躯体は残った。終戦直後から修復計画が立案され、1947年までに3階部分を撤去して2階建てに変更、3つのドーム部分の外壁は修復され、中央ドームは木造小屋組で元形に復原、南北ドームは丸型から台形に変更された。1964年(昭和39年)10月1日には東海道新幹線が東京-新大阪間で開業し、世界初の高速鉄道網の起点となった。1991年(平成3年)には東北・上越新幹線が上野から東京駅へ延伸し、北日本への玄関口にもなった。2003年(平成15年)、丸の内駅舎が国の重要文化財に指定された。重文指定の駅建築は東京駅と門司港駅の2駅のみである。2007年から大規模保存復原工事が始まり、2012年(平成24年)10月1日に3階建て創建時の姿が完全復原された。地下には免震装置が新設され、文化財建築の防災改修の代表事例となった。2013年には八重洲側にグランルーフが完成し、現代的駅前空間が整備された。

文化的背景と意義

東京駅は明治近代化を象徴する辰野金吾の代表作として、日本近代建築史で最重要の駅舎建築である。1914年開業時の赤レンガ「辰野式ルネッサンス」は、皇居と対峙する国家の表玄関として位置づけられ、皇室専用中央玄関を擁する設計は鉄道駅として世界的にも希少な事例である。アムステルダム中央駅をモデルとする説は近代建築研究の議論対象であり、藤森照信ら研究者が様式系譜から否定的見解を示している一方、辰野が英国留学経験から首都ロンドンのターミナル駅を参考にした可能性が指摘される。2003年の重要文化財指定は門司港駅と並ぶ希少な駅舎指定で、2012年の創建時3階建て完全復原は戦災で失われた近代建築を再生する文化財復原事業の到達点として国際的に評価された。日本最大の新幹線ターミナルかつ34都道府県と乗換なしで結ぶ全国の交通結節点としての性格は、明治以来の中央集権的鉄道網の象徴を継承する。「関東の駅百選」「鉄道記念物」にも認定され、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」「永遠の0」など昭和の東京を描く映像作品の象徴的舞台として繰り返し登場する。

建築的詳細

東京駅丸の内駅舎は東西長330メートル・総建坪9545平方メートル・3階建ての赤レンガ造大規模駅舎で、品川白煉瓦製の化粧レンガを外観に、構造レンガには埼玉県深谷市製のレンガと鉄筋を併用した辰野式ルネッサンス様式の最高傑作である。南北両端のドーム屋根は当初の丸型で、2012年復原工事により戦災後の台形から創建意匠の丸型ドームへ完全再現された。中央玄関は皇室専用、その東西に乗車口(南口)・降車口(北口)、さらに荷物搬入搬出用の小入口が配される左右対称の構成である。南北ドーム内部の八角形天井は復原時に、八方位を表す干支レリーフ(辰口を除く8干支)と鳳凰の装飾が復活した。地下には文化財建築として国内最大級の免震装置が新設され、地震時に建物躯体を保護する積層ゴム支承352基が設置された。在来線ホームは地上5面10線・地下4面8線、新幹線ホームは地上5面10線、地下鉄丸ノ内線は地下1面2線で総面積約46800平方メートルの日本一の規模を持つ。各路線の0キロポストが構内に設置され、頭端式が主流の欧州中央駅と異なり南北直通の通過式ターミナルである。八重洲側は2013年完成のグランルーフ(膜屋根長230メートル)が現代的駅前空間を形成する。

外部リンク

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