セビリア大聖堂
セビリア · ES
世界最大のゴシック大聖堂、 コロンブスが眠るスペイン栄光の象徴
アンダルシアの古都セビリアに聳える世界最大級のゴシック大聖堂。 12世紀のイスラム大モスクを礎に1401年から1世紀超を費やして築かれ、 新大陸発見者クリストファー・コロンブスの墓を擁し、 1987年にユネスコ世界遺産に登録された。
ベストシーズン・ベストタイム
セマナ・サンタ(聖週間)とフェリア・デ・アブリルが続く活気の最盛期、 気候も最も快適
★★★★★
日中40度超の酷暑、 早朝9時開門直後か日没近くの夕方訪問が必須となる
★★☆☆☆
気温が穏やかで観光客も減る、 オレンジの中庭の青空が映える落着の好機
★★★★☆
観光オフシーズンで人少、 ヒラルダ登頂の眺望も澄み行列も最短
★★★★☆
見どころ TOP 3
1.世界最大級のゴシック身廊
全長126メートル・幅76メートル・中央身廊の天井高36メートルを誇る大聖堂は、 完成時にビザンチンのアヤソフィアを凌ぎ世界最大の教会となった。 5廊式の広大な内部空間は圧倒的なスケール感で訪問者を魅了する。
西側入口から内部に入り中央身廊を東側祭壇に向け縦構図で撮影するのが定番
2.ヒラルダの塔(旧ミナレット)
12世紀末のアルモハード朝モスクの尖塔を16世紀に鐘楼へ転用した高さ約95.5メートルの塔。 内部は階段ではなく緩やかな傾斜の登路で、 騎馬で頂上まで上がれた逸話を持つセビリアの象徴的ランドマーク。
オレンジの中庭(パティオ・デ・ロス・ナランホス)越しに塔を見上げる構図が王道
3.新大陸発見者コロンブスの墓
新大陸発見者クリストファー・コロンブスの遺骸を、 当時のスペイン王国を構成した4王国(カスティーリャ・レオン・アラゴン・ナバラ)を象徴する4人の王の像が肩で担ぎ上げる壮麗な記念墓。 1899年にハバナから移された傑作彫刻である。
南翼廊側に立つ記念墓全体を縦構図で、 4王像の表情まで写し込むのが理想
物語・伝説
こんな人におすすめ
現地で知るべき豆知識
- 1.事前予約必須である。 公式サイトでオンラインチケットを購入すると当日券の長蛇の列を回避でき、 隣接するアルカサルとの共通券も組合せると時間効率が最大化される。 朝一(9時半開門直後)が最も空いている
- 2.ヒラルダの塔は階段ではなく34段の緩やかなスロープを上る独特の構造。 騎馬で登れた歴史的経緯のため脚力に自信がなくとも登頂可能で、 頂上からはセビリア旧市街360度の絶景を望める
- 3.オレンジの中庭(パティオ・デ・ロス・ナランホス)はモスク時代のサハーン(中庭)の名残で、 大聖堂内部見学後も無料で再入場できる。 春のオレンジ花の香りに包まれる体験は南スペインならではの絶品である
訪問情報
- アクセス
- セビリア・サンタフスタ駅からタクシーで約10分、 バスC5番線で20分。 地下鉄プエルタ・デ・ヘレス駅から徒歩5分、 サンベルナルド空港バスからも徒歩圏内である。
- 所要時間
- 大聖堂とヒラルダで2時間、 アルカサル含めて半日が目安。
- 予算目安
- 入場料 一般12ユーロ・学生7ユーロ。 アルカサル+インディアス古文書館共通券25ユーロ。 (2024年時点)
周辺観光
南隣のアルカサル王宮はムデハル様式の宮殿で世界遺産共通券で訪問可。 北西の旧ユダヤ人街(サンタ・クルス地区)は徒歩散策の名所。 徒歩10分のインディアス古文書館は大航海時代の貴重文書を展示、 メトロポール・パラソル(セタス)も徒歩15分圏内である。
詳しく知る
時間のある方向けの詳細情報。
年表
- 1172年
アルモハード朝大モスク建設開始
カリフ・アブー・ヤアクーブ・ユースフが新大モスクの建設を命令、 建築家アフマド・イブン・バーソが設計を担当した
- 1198年
大モスク完成
面積15,000平方メートル超・ミナレットと沐浴中庭を備えるアルモハード朝最大級のモスクとして完成
- 1248年
セビリア再征服
カスティーリャ王フェルナンド3世がセビリアを征服、 大モスクはキリスト教大聖堂に転用された
- 1401年7月
新大聖堂建設決定
聖堂参事会員らが「我らが正気を失ったと思われるほど壮大で美しい教会を建てよう」と建替え宣言
- 1402年
建設開始
旧モスクの解体と並行して建設が開始、 北東角から東側へ段階的に進められた
- 1528年
主要部完成
1世紀超を要した建設工事で5廊式ゴシック大聖堂の主要部が概ね完成、 世界最大の教会となる
- 1568年
ヒラルダ鐘楼完成
エルナン・ルイス2世が旧ミナレット上部にルネサンス様式の鐘楼部と28個の鐘を完成させた
- 1599年頃
主祭壇画完成
1517年から80年以上をかけて世界最大級の祭壇画(レタブロ・マヨル)が完成、 36の聖書場面を金箔木彫で表現
- 1899年
コロンブスの墓設置
米西戦争後、 ハバナから運ばれたコロンブスの遺骸が4王像彫刻に担がれる形で南翼廊に安置された
- 1928年
国家記念物指定
スペイン政府によって国家記念物(Bien de Interes Cultural)に指定され、 文化財保護の対象に
- 1987年12月
世界遺産登録
アルカサル・インディアス古文書館とともにユネスコ世界文化遺産として一括登録された
- 2008年
外壁修復完了
2003年から5年間続いた大規模外壁修復が完了、 ゴシック様式の精緻な装飾が蘇った
歴史をもっと深く
セビリア大聖堂の歴史は1172年、 アルモハード朝のカリフ・アブー・ヤアクーブ・ユースフが旧モスクに代わる新大モスクの建設を命じたことに遡る。 ヤアクーブ・ユースフが召喚した建築家アフマド・イブン・バーソによる設計で、 113×135メートル・面積15,000平方メートル超のモスクは1182年に献堂され1198年に完成した。 1248年のフェルナンド3世によるセビリア再征服でアルモハード朝モスクはキリスト教大聖堂に転用され、 内部空間は次第に礼拝堂に分割され、 東半分は王室礼拝堂が占め、 フェルナンド3世・アルフォンソ10世らの遺骸が安置された。 1401年7月、 老朽化した旧モスク聖堂の全面建替えが決定された。 聖堂参事会員らは「我らが正気を失ったと思われるほど壮大で美しい教会を建てよう」と宣言したと伝わる。 1402年に建設が開始(一部資料では1433年)。 1434年からオランダ人マエストロ・イサンベルトが指揮し、 1439-1454年はフランス人マエストロ・カルリン、 続いてフアン・ノルマン、 シモン・ド・コロニアらが担当した。 建物のサイズと旧市街の密集環境から、 建設と解体は段階的に進められた。 1528年頃に主要部が概ね完成。 ヒラルダの塔は12世紀末のミナレットを基礎に、 1568年にエルナン・ルイス2世が現在のルネサンス様式の鐘楼部を完成させた。 1517年にメインの祭壇画(レタブロ・マヨル)の制作が開始され、 80年以上をかけて完成、 36の聖書場面を金箔木彫で表現した世界最大級の祭壇画となった。 1898年の米西戦争でスペインがキューバを失った際、 ハバナ大聖堂のコロンブス墓を本国に移送する決定が下され、 1899年にアルトゥロ・メリダ作の4王像彫刻が完成、 セビリア大聖堂南翼廊に設置された。 1928年に国家記念物に指定され、 1987年12月にユネスコ世界遺産「セビリアの大聖堂、 アルカサル、 インディアス古文書館」の一部として登録された。 2003-2008年には大規模な外壁修復事業が実施されている。
文化的背景と意義
セビリア大聖堂は完成時にビザンチンのアヤソフィア(1000年間世界最大であった)を凌ぎ世界最大の教会となった歴史的建造物である。 現在も「世界最大のゴシック大聖堂」かつ「世界3位の大きさの大聖堂」(バチカンのサン・ピエトロ大聖堂、 ブラジルのアパレシーダ大聖堂に次ぐ)として認知されている。 イスラム教の大モスク跡地に建てられたため、 平面構成は正統的な十字形ではなく長方形で、 キリスト教の聖堂としては異色である。 隣接するヒラルダの塔は元ミナレットであり、 オレンジの中庭(パティオ・デ・ロス・ナランホス)はモスク時代のサハーンの名残で、 イスラムとキリスト教文化の融合がそのまま物質化された希少な遺産となっている。 1987年の世界遺産登録は隣接のアルカサル王宮とインディアス古文書館との一括登録で、 中世から大航海時代までのセビリアの繁栄を物語る複合遺産として評価された。 守護聖人は1504年のセビリア大地震の崩壊を防いだとされる聖ユスタと聖ルフィーナの姉妹で、 17世紀のムリーリョ・ゴヤ・スルバランらにより画題として描かれた。 コロンブスの墓の存在はスペインの大航海時代の栄光と植民地喪失の悲哀を象徴し、 セビリアが新大陸貿易の独占港として栄えた歴史と深く結び付いている。
建築的詳細
セビリア大聖堂は長方形平面の5廊式バシリカ構造で、 ゴシック部の身廊長126メートル・幅76メートル・中央身廊の天井高36メートル・交差部高40メートルを誇り、 世界最大級のゴシック空間を実現している。 全体面積は11,520平方メートルに及び、 80の礼拝堂を擁する。 構造は尖塔アーチ(尖頭迫持)とリブ・ヴォールトで荷重を分散し、 外周には飛梁(フライング・バットレス)を多用して横圧を支える。 主祭壇には1517年から80年以上を費やして完成した世界最大級の祭壇画(レタブロ・マヨル)が立ち、 高さ20メートル・幅18メートルの木彫に金箔を施した36の聖書場面で構成される。 ヒラルダの塔は高さ約95.5メートルで、 12世紀末のアルモハード朝ミナレット(高さ51.5メートル)を基礎に、 1568年にエルナン・ルイス2世がルネサンス様式の鐘楼部と28個の鐘を加えた。 塔頂には4本のブロンズの球と「ヒラルディーリョ」と呼ばれる青銅製の信仰寓意像の風見が立つ。 内部の登路は階段ではなく34段の緩やかなスロープで、 騎馬で頂上まで上がれた構造である。 外壁はゴシック様式の尖塔・装飾彫刻・グリゴリアン式窓(バラ窓)で飾られ、 王の門・洗礼の門・誕生の門など各門には精緻な彫刻群が施されている。