サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂
フィレンツェ · IT
ブルネレスキが木枠なしで架けた、 ルネサンスの幕を開く石積み世界最大の八角ドーム
フィレンツェ歴史地区の中心ドゥオーモ広場に、 大聖堂・洗礼堂・ジョットの鐘楼が三位一体で並ぶ。 140年をかけ1436年に完成したルネサンス建築の出発点であり、 白・緑・桃の三色大理石で装われた優美な巨大聖堂。
ベストシーズン・ベストタイム
気候が穏やかでクーポラ登頂の階段も汗ばまず、 街路樹の新緑が三色大理石と映える季節
★★★★★
日中35度を超え観光客密集、 早朝7時台の入場枠かサンセット時間帯を選びたい
★★☆☆☆
観光ピークが落ち着く穴場の好機、 黄昏時のドームが琥珀色に輝く撮影最適期
★★★★★
閑散期で予約も取りやすく、 朝霧に浮かぶドームが幻想的だが冷え込み対策必須
★★★☆☆
見どころ TOP 3
1.ブルネレスキの大ドーム登頂
直径43メートル・地上114メートルの八角形二重ドームは石積みドームとして今なお世界最大。 内殻と外殻の間の階段463段をヘリンボーン積みの煉瓦を間近に見ながら登頂すると、 フィレンツェの赤瓦の海とトスカーナ丘陵が眼下に広がる。
ジョットの鐘楼最上階からドーム全景を午前光で
2.三色大理石のネオ・ゴシック・ファサード
白・緑・桃の三色大理石で装われた西側ファサードは19世紀後半にエミリオ・デ・ファブリスが設計したネオ・ゴシック様式。 中央扉口のティンパヌムには金地モザイクが輝き、 聖人の浮彫像と尖塔群が垂直性を強調する。
洗礼堂北扉前から斜め45度の構図で朝の順光を狙う
3.ドーム天井『最後の審判』フレスコ
ドーム内側全面を覆う巨大フレスコ画『最後の審判』はヴァザーリとツッカリが1572-1579年に手掛けた大作。 約3600平方メートルの天蓋に天使・聖人・悪魔・キリストが渦を描き、 登頂途中の踊り場から間近で鑑賞できる。
ドーム内部の踊り場から見上げる構図で
物語・伝説
こんな人におすすめ
現地で知るべき豆知識
- 1.クーポラ登頂は時間指定の事前予約必須で、 シーズン中は2-4週間前売切れる。 公式オペラ・デル・ドゥオーモ・サイトの統合パスで洗礼堂・鐘楼・地下クリプタ・付属美術館までセット予約するのが最も確実な方法である。
- 2.大聖堂内部の見学自体は無料だが、 入口は北側のポルタ・デイ・カノニチに長蛇の列ができる。 開門8時15分の10分前に並べばほぼ並ばずに入場でき、 静寂の中で内陣のステンドグラスを独占的に鑑賞できる穴場時間帯である。
- 3.クーポラと鐘楼の両方に登る場合は鐘楼を先にすることを強く推奨する。 鐘楼からはドーム全景が撮れるが、 ドームからは鐘楼が撮れない構図的理由と、 鐘楼の方が階段数414段でやや楽な事情の二重メリットがある。
訪問情報
- アクセス
- サンタ・マリア・ノヴェッラ駅から徒歩約12分でドゥオーモ広場に到着。 フィレンツェ歴史地区は車両進入禁止区域(ZTL)のため徒歩か近郊バスでのアクセスが基本となる。
- 所要時間
- 大聖堂内部のみ40分、 クーポラ登頂・洗礼堂・鐘楼・付属美術館の全周は半日。
- 予算目安
- 大聖堂入場無料、 クーポラ等統合パス 大人30ユーロ前後。 (2024年時点、 公式サイトで確認)
周辺観光
南へ徒歩5分のシニョリーア広場にはヴェッキオ宮殿とロッジア・デイ・ランツィの彫刻群、 至近のウフィツィ美術館にはボッティチェッリやレオナルドのルネサンス美術の名作が並ぶ。 さらに南へ徒歩10分でアルノ川を渡るヴェッキオ橋を経て、 対岸のピッティ宮殿とボーボリ庭園に至るルネサンス都市の徒歩圏である。
詳しく知る
時間のある方向けの詳細情報。
年表
- 1296年
起工式
アルノルフォ・ディ・カンビオ設計で着工。 9月8日に教皇特使ヴァレリアーノ枢機卿が起工式を執り行い「花の聖母マリア」と命名された
- 1302年
アルノルフォ死去で中断
設計者アルノルフォ・ディ・カンビオが死去し、 工事は約半世紀にわたって停滞する。 石材は他の市内建築に転用された
- 1334年
ジョット主任就任
羊毛業組合がジョットを主任建築家に指名、 付属鐘楼(カンパニーレ)の建設に着手し1337年の死去まで指揮した
- 1349年
タレンティ工事再開
ペスト禍を経てフランチェスコ・タレンティが工事を再開、 鐘楼を完成させ東端を拡張する設計改修を主導した
- 1380年
身廊完成
三廊式の身廊と東端部が完成、 残る最大の難題は中央交差部のドームのみとなった
- 1418年
ドーム設計競技
8月19日に羊毛業組合がドーム架構の設計競技を布告、 ギベルティとブルネレスキが主要競合者となった
- 1420年
ブルネレスキ主任就任
4月16日にブルネレスキが主任建築家に任命、 仮枠なしの二重殻ドーム案で8月7日から建設開始
- 1436年
献堂式
3月25日に教皇エウゲニウス4世が献堂式を執行、 デュファイ作モテット「バラの花が咲く頃」が初演された
- 1461年
頭頂キューポラ完成
ミケロッツォ設計の頭頂キューポラが完成、 1471年にヴェロッキオ工房が頂頭にブロンズ球を据えた
- 1572-1579年
ドーム内フレスコ画制作
ヴァザーリとツッカリがドーム内側に約3600平方メートルの大フレスコ画『最後の審判』を制作した
- 1887年
ファサード完成
エミリオ・デ・ファブリス設計のネオ・ゴシック様式ファサードが1876年着工・1887年に完成し、 現在の姿が整った
- 1982年
世界遺産登録
ユネスコ世界文化遺産「フィレンツェ歴史地区」の構成資産として大聖堂・洗礼堂・鐘楼の三建築群が登録された
歴史をもっと深く
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂は、 1296年(鎌倉時代後期/永仁4年)に着工し、 1436年(室町時代/永享8年)に献堂された140年がかりの大事業である。 先行する5世紀創建のサンタ・レパラータ教会が手狭となり、 ピサやシエナに対抗できる規模の新聖堂建設が羊毛業組合アルテ・デッラ・ラーナにより1294年に決議された。 設計はサンタ・クローチェ聖堂とヴェッキオ宮も手掛けた高名な石工アルノルフォ・ディ・カンビオが担当し、 1296年9月8日に教皇特使ヴァレリアーノ枢機卿の手で起工式が行われた。 中央交差部に八角形ドームを戴く三廊式平面を構想していたカンビオは1302年に死去、 工事は約50年停滞する。 1331年に羊毛業組合が主導権を握り、 1334年にジョットが建築主任に任命され付属の鐘楼建設に着手した。 1337年のジョット死去、 1348年のペスト禍を経て、 1349年にフランチェスコ・タレンティが工事を再開し、 鐘楼を完成させ東端の内陣と側廊礼拝室を加える設計拡張を行った。 1359年以降ジョヴァンニ・ディ・ラポ・ギーニ、 アルベルト・アルノルディ、 ジョヴァンニ・ダンブロージョ、 ネーリ・ディ・フィオラヴァンテ、 オルカーニャらが指揮を継承し、 1375年には旧サンタ・レパラータ教会が解体され、 1380年に身廊、 1418年に大聖堂全体が概ね完成した。 残る最大の難題はドラム上に被せる直径43メートルの八角形ドームで、 当時の建築技術では仮枠なしでこの規模を架けることは不可能視されていた。 1418年8月19日にアルテ・デッラ・ラーナが設計競技を布告し、 金細工師ロレンツォ・ギベルティとフィリッポ・ブルネレスキが主要競合となる。 メディチ家のコジモが後援するブルネレスキは、 木枠を組まずに内殻と外殻が互いを押し合う前代未聞の二重構造案を提出して採用され、 1420年4月16日に主任建築家に任命された。 1420年8月7日から建設が始まり、 1434年8月30日に頂頭部の円環が閉じられた。 1436年3月25日(フィレンツェ暦の年初日)に教皇エウゲニウス4世による献堂式が執り行われ、 式典ではギヨーム・デュファイが本作のために作曲したモテット「バラの花が咲く頃」が初演された。 頭頂キューポラはミケロッツォ設計で1446年に着工し1461年に完成、 1471年にはヴェロッキオ工房が頂頭にブロンズ球を据えた。 西側ファサードは長らく未完で、 1587年にメディチ家の命でブオンタレンティが既存部分を撤去後も再建案が固まらず、 1864年のコンペでエミリオ・デ・ファブリス設計のネオ・ゴシック様式が採用され、 1876年着工・1887年完成によって現在の姿が整った。 1982年にユネスコ世界遺産フィレンツェ歴史地区の構成資産として登録された。
文化的背景と意義
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂は、 晩期ゴシックから初期ルネサンスへの建築言語の転換を体現する世界史的記念碑である。 ブルネレスキの二重ドームは木製仮枠なしで架けられた歴史上最初の八角形巨大ドームとして、 構造力学・施工管理・建設機械の三位一体革新により近代建築工学の出発点に位置づけられる。 1982年にユネスコ世界文化遺産「フィレンツェ歴史地区」の構成資産として登録され、 大聖堂・サン・ジョヴァンニ洗礼堂・ジョットの鐘楼の三建築は一体不可分の文化財群として保護されている。 「ドゥオーモ」(イタリア語で大聖堂)の語自体がここで生まれフィレンツェの代名詞となり、 トスカーナ大公国の宗教・政治・芸術の中枢として、 メディチ家の繁栄とフィレンツェ・ルネサンスの黄金期を象徴した。 ヴァザーリとツッカリの『最後の審判』、 ギベルティ下絵のステンドグラス、 ドメニコ・ディ・ミケリーノの『ダンテと神曲』、 ウッチェロの『傭兵隊長ジョン・ホークウッド』 騎馬像など、 内部はルネサンス美術の宝庫である。 レオナルド・ダ・ヴィンチがブロンズ球設置時の機械装置から学んだという伝承は、 後の万能の天才の自然観察にも影響を与えたとされ、 芸術と科学の交点としての意義も計り知れない。
建築的詳細
全長153メートル、 幅90メートル、 高さ114メートルの巨大ラテン十字平面に、 八角形の交差部から立ち上がる内径43メートルの二重ドームが架かる。 ドームは内殻(厚さ約2メートル)と外殻(厚さ約60センチ)の二重構造で互いに圧縮力を分担し、 リング状の引張材を伴って架けられた。 煉瓦はヘリンボーン状に積み上げられ、 螺旋状の積層が自重を分散する仕組みとなっている。 外壁は白(カッラーラ産)・緑(プラート産)・桃(マレンマ産)の三色大理石パネルで装飾され、 晩期ゴシックの構造に北イタリアの彩色伝統を融合した独特の表情を持つ。 19世紀完成のネオ・ゴシック様式西側ファサードは三層構成で、 中央扉口のティンパヌム・モザイクと尖塔群が垂直性を強調する。 隣接するサン・ジョヴァンニ洗礼堂は11世紀の八角形ロマネスク建築で、 ギベルティの『天国の門』で名高い。 ジョットの鐘楼は1334年着工・85メートル高で、 14世紀イタリアン・ゴシックの細密装飾の傑作。 三者は同一広場で互いに視線を交わす配置となっている。