彦根城
彦根市 · JP
国宝天守が現存する井伊家三十五万石譜代筆頭の名城、 玄宮園の借景は秀逸
滋賀県彦根市の金亀山に立つ平山城で、 1604年井伊直継が築城開始、 1622年に完成した井伊家三十五万石の居城。 三層三階の天守と附櫓・多聞櫓は国宝指定、 城跡は特別史跡。 玄宮園は国名勝、 1992年からユネスコ世界遺産暫定リスト記載が続く。
ベストシーズン・ベストタイム
城内1100本の桜満開、 4月上旬は天守と桜のライトアップが最大の見どころ
★★★★★
新緑と玄宮園の蓮が美しく、 気温は20-30度で観光客はやや少なく快適に巡れる
★★★★☆
玄宮園の紅葉と天守、 11月下旬がピークでライトアップ実施、 京都に次ぐ秋の人気観光地
★★★★★
雪化粧の天守は希少価値が高く、 観光客が最少で静寂な城を体験できる絶好の季節
★★★★☆
見どころ TOP 3
1.国宝の天守と附櫓・多聞櫓
1606年完成の三層三階の天守は、 1952年に附櫓及び多聞櫓と共に国宝指定。 入母屋破風・切妻破風・唐破風の三種類の破風が組合された装飾性が特徴で、 国宝指定五城の一つ。 通説では大津城天守を移築改修したものと伝わる。
天秤櫓越しに見上げる、 桜満開期の朝
2.重要文化財・天秤櫓と石垣
1951年に重要文化財指定の天秤櫓は、 両端に2階櫓を配する左右対称の珍しい構造。 中央の渡り櫓が落とし橋形式の堀切上に位置し、 攻撃側を二方向から撃退する縄張りの要。 1854年の修理で右半分が築城当初の牛蒡積み石垣として残る。
下から天秤櫓を見上げる、 自然光
3.国名勝・玄宮園と借景
1677年4代藩主井伊直興が造営した池泉回遊式の大名庭園で、 中国湖南省の瀟湘八景に範をとる。 池越しに天守を借景にする眺めは江戸期大名庭園の傑作で、 隣接する数寄屋造の楽々園 (御殿) と一体で国指定名勝に登録されている。
池越しに天守を借景する定番アングル、 紅葉期の午後
物語・伝説
こんな人におすすめ
現地で知るべき豆知識
- 1.天守入場券 (大人800円) は彦根城博物館と玄宮園の共通券で、 全部回るなら半日見学が目安。 国宝指定五城 (松本・犬山・松江・姫路・彦根) の中で装飾性が最も高い天守として知られ、 三種の破風の組合せに注目すると見応えが増す。
- 2.玄宮園からの「池越しの天守借景」は写真家に有名な定番アングル、 紅葉期 (11月下旬) と桜期 (4月上旬) のライトアップ夜間特別公開は混雑必至。 平日訪問または朝一番がおすすめ、 最新日程は公式サイトで確認可能。
- 3.城下町の本町キャッスルロード (商人町) と夢京橋キャッスルロード (江戸期町並み復元) は徒歩5分圏内で散策できる。 ひこにゃん (公式マスコット) は天守前広場に1日3回登場、 登場時刻は公式サイトで要確認。
訪問情報
- アクセス
- JR琵琶湖線彦根駅から徒歩15分、 米原駅から1駅3分のアクセス。 名古屋から新幹線+JRで45分、 京都から30分、 大阪から1時間で到達可能、 関西圏日帰り観光圏内に位置する。
- 所要時間
- 天守と玄宮園で2時間、 博物館と城下町散策含めて半日が目安。
- 予算目安
- 観覧料 大人800円 (天守・博物館・玄宮園セット券)、 玄宮園のみ200円。 最新の料金は公式サイトで確認推奨。
周辺観光
徒歩10分の夢京橋キャッスルロード (江戸期町並み復元、 商店街)、 車で15分の近江八幡 (八幡堀・水郷)、 車で30分の長浜 (黒壁スクエア・豊国神社) との組合せで、 井伊家領地と琵琶湖東岸の城下町を周遊するルートが定番。
詳しく知る
時間のある方向けの詳細情報。
年表
- 1600年
関ヶ原戦功
井伊直政が徳川方先鋒として戦功を挙げ、 戦後に近江佐和山城十八万石を拝領、 彦根藩成立の起点となる
- 1602年
直政没
井伊直政が関ヶ原での戦傷悪化で死去、 嫡子直継が幼少のまま井伊家家督を継承する
- 1603年
築城開始
井伊家家老の木俣守勝が直政の遺志を継ぎ、 7か国12大名の天下普請で築城を開始する
- 1606年
天守完成
三層三階の天守が完成、 通説では大津城天守を移築改修したもので国宝指定五城の基礎が築かれる
- 1614年
井伊直孝相続
大坂冬の陣の頃に直継が病弱のため弟の直孝が家督を相続、 居城整備が加速する
- 1622年
城郭完成
天秤櫓・西の丸三重櫓・大手門等の主要建造物すべてが完成、 18年がかりの段階建造が終わる
- 1677年
玄宮園造営
4代藩主井伊直興が中国瀟湘八景に倣う池泉回遊式の大名庭園・玄宮園を造営する
- 1860年3月3日
桜田門外の変
彦根藩主で大老の井伊直弼が江戸城桜田門外で暗殺、 安政の大獄の終幕と幕末動乱の決定的事件
- 1878年
勅命保存
廃城令で取壊し予定だったが、 明治天皇北陸巡幸時に大隈重信の進言で勅命により天守保存が決定
- 1951年
重要文化財指定
「彦根城跡」が国の史跡指定となり、 天守・附櫓・多聞櫓・天秤櫓等6棟が重要文化財に指定される
- 1952年
国宝指定
天守と附櫓及び多聞櫓の2棟が国宝指定、 天守が国宝指定された五城 (松本・犬山・松江・姫路・彦根) の一つに
- 1956年
特別史跡指定
「彦根城跡」が国の特別史跡に格上げ指定、 城跡全体の文化財保護が確立する
- 1992年
世界遺産暫定リスト
ユネスコ世界遺産暫定リストに記載、 姫路城に次ぐ日本城郭世界遺産候補として登録活動継続
歴史をもっと深く
彦根城は徳川四天王の一人・井伊直政 (1561-1602) が1600年関ヶ原の戦いで先鋒として軍功を挙げ、 戦後に近江北東部十八万石を拝領、 石田三成の旧居城だった佐和山城に入城したことに始まる。 直政は中世的縄張りの佐和山城を嫌い新城建設を計画したが、 1602年に関ヶ原での戦傷悪化により死去。 嫡子の井伊直継 (1590-1662) が幼少だったため、 家老の木俣守勝が徳川家康と相談して直政の遺志を継ぎ、 1603年から琵琶湖畔の金亀山で築城に着手した。 築城は尾張・越前など7か国12大名が手伝う天下普請で、 1606年に三層三階の天守が完成し直継が入城。 通説では大津城天守を移築改修して建てられたと伝わる。 1614年大坂冬の陣の頃、 直継が病弱のため弟の井伊直孝 (1590-1659) が家督を継ぎ、 1616年から第3期工事として御殿が建造され、 1622年に天秤櫓・西の丸三重櫓・大手門等の主要建造物すべてが完成した。 1633年には井伊氏は加増を重ね、 譜代大名最高の三十五万石を領した。 江戸期を通じて井伊家14代の居城で、 幕末の井伊直弼 (1815-1860) は大老として1858年日米修好通商条約を締結し安政の大獄を主導、 1860年桜田門外の変で暗殺された。 明治の廃城令で天守取壊しが計画されたが、 1878年明治天皇の北陸巡幸時に大隈重信の進言で勅命保存され、 後に最後の藩主井伊直憲に下賜された。 1944年に彦根市へ寄付、 1951年に城跡が国の史跡指定と天守等6棟が重要文化財指定、 1952年に天守と附櫓及び多聞櫓の2棟が国宝指定された (天守が国宝指定された五城のうちの一つ)。 1956年に「彦根城跡」が特別史跡に格上げ、 1963年には馬屋も重要文化財に追加指定。 1992年ユネスコ世界遺産暫定リスト記載は姫路城に次ぐ日本城郭世界遺産候補で、 滋賀県・彦根市が継続して登録活動を展開する。
文化的背景と意義
彦根城は江戸期譜代大名筆頭の井伊家三十五万石の居城で、 天守が国宝指定された五城 (彦根・松本・犬山・松江・姫路) の一つ、 現存十二天守の代表格として江戸幕府体制の象徴的城郭となる。 1952年国宝指定の根拠は天守が江戸初期の意匠を完全に保存することと、 他四城と並ぶ建築美を持つこと。 井伊家は徳川四天王の筆頭で、 関ヶ原以来「赤備え」(全装備を朱色塗装) で知られる戦闘集団、 江戸期には大老6代を輩出した譜代大名首位の名門である。 幕末の井伊直弼は安政の大獄 (1858-59) を主導した強権政治家のイメージで国民的議論の対象となり、 司馬遼太郎『花の生涯』や NHK 大河ドラマ『花の生涯』(1963)・『徳川慶喜』(1998)・『青天を衝け』(2021) 等で繰返し題材化、 近代日本の歴史観の重要参照点。 玄宮園・楽々園は中国湖南省の瀟湘八景を範とする中国趣味の大名庭園で、 江戸期儒学・漢詩文化の地方拠点として機能した。 ひこにゃんは築城400年記念の公式マスコットとして2007年に登場、 ゆるキャラブームの最初期成功例として国民的キャラクター化、 城観光の集客に大きく貢献している。
建築的詳細
彦根城は金亀山 (標高約50m) を本丸とする平山城で、 内堀・中堀・外堀の三重水堀と土塁で防御する縄張り。 主要建造物は本丸の天守 (国宝、 1606年)・附櫓 (国宝)・多聞櫓 (国宝)・天秤櫓 (重文)・西の丸三重櫓 (重文)・太鼓門櫓 (重文)・二の丸佐和口多聞櫓 (重文)・馬屋 (重文、 1963年指定) と、 玄宮園・楽々園 (国名勝) からなる。 天守は三層三階の入母屋造で、 通説では大津城天守を移築改修したものと伝わるが確定史実ではない。 国宝指定五城の中で最も意匠が凝った天守として知られ、 入母屋破風・切妻破風・唐破風の三種類の破風が組合される。 最上階に華頭窓 (火灯窓)、 屋根には千鳥破風と唐破風が交互に配される構成。 天秤櫓は両端に2階櫓を配する左右対称の構造で、 中央に渡り櫓、 落とし橋形式の堀切を渡る位置にあり、 攻撃側を二方向から射撃可能な縄張り上の最重要施設である。 通説では長浜城大手門を移築したものと伝わるが確証はない。 玄宮園 (国名勝、 1677年井伊直興造営) は中国瀟湘八景に倣う池泉回遊式の大名庭園で、 楽々園は御殿・茶室を含む数寄屋造の大名屋敷、 両者一体で江戸期借景文化の傑作とされる。