ブラチスラヴァ城
ブラチスラヴァ · SK
ドナウ川を見下ろす「ひっくり返したテーブル」、 スロバキア首都の主城
スロバキア首都ブラチスラヴァ中心、 小カルパチア山脈の岩丘に四隅の塔を持つブラチスラヴァ城。 9世紀のスラヴ要塞から15世紀ゴシック、 17世紀バロックへと改築を重ね、 1552年から232年間ハンガリー王冠を守った王城。 1811年の大火災で廃墟化後、 1953年から再建された国民再生の象徴。
ベストシーズン・ベストタイム
城北側のバロック庭園が新緑、 気温15度前後で散策快適、 ドナウ川の水量も春雪解けで増し川面の反射が美しい
★★★★★
気温25-30度の暑さだが日没21時頃でライトアップ前の長い黄金時間が撮影に最適、 観光客最多
★★★★☆
城周辺のブドウ畑が紅葉、 観光客減で快適、 中欧らしい霧のドナウ川と城の組合せが幻想的
★★★★★
氷点下の厳しい寒さだが12月の旧市街クリスマス市と城ライトアップの組合せが中欧旅情、 雪化粧の城も稀少
★★★☆☆
見どころ TOP 3
1.四隅の塔とドナウ川を見下ろす王城外観
長方形の城郭の四隅に塔が立つ姿は「ひっくり返したテーブル」と呼ばれる独特の輪郭。 ドナウ川と新橋を眼下に望む台地上の立地で、 17世紀バロック改装の白壁と赤瓦が現代ブラチスラヴァのシンボルとして市内のどこからも視認できる。
ドナウ川南岸またはペトルジャルカ地区から望む正面構図、 午後の順光
2.ジグムンド門の15世紀ゴシック装飾
城郭南東に位置するジグムンド門は1430年代ハンガリー王ジギスムント時代の建造で、 4つの入城門の中で最も保存状態の良い15世紀ゴシック石造門。 ハンガリー王冠が出入りした正規ルートで、 ジギスムント期の彫刻装飾が現存する貴重な中世遺構。
城郭南東から門のアーチを抜ける構図、 自然光
3.夜のライトアップと市街夜景
夕暮れから深夜まで城全体が黄色いライトアップに包まれ、 ドナウ川の水面と新橋のUFO型展望台と共に首都ブラチスラヴァを代表する夜景となる。 王冠の塔頂部に灯る照明はハンガリー戴冠時代の象徴的再現で、 城下旧市街から徒歩10分で鑑賞可能。
旧市街側または新橋上から城を望む夜景構図
物語・伝説
こんな人におすすめ
現地で知るべき豆知識
- 1.城内のスロバキア国立博物館 (歴史展示+宝物の間) は火曜-日曜9-18時開館で月曜休館、 入場料約12ユーロでオンライン予約推奨、 王冠の塔展望台は別料金で追加4ユーロ程度、 詳細は公式サイトで確認
- 2.城へのアクセスは旧市街ミハエル門から徒歩10-15分の急坂で、 ゼーゲンス通り経由が最短だが石畳の上り坂で歩きやすい靴必須、 トロリーバス203/207番で「Hrad」停留所まで行けば徒歩2分でアクセス楽
- 3.夜景撮影の最高ポイントは新橋 (Nový Most) UFO展望台側ではなくドナウ川南岸のペトルジャルカ地区側から望む構図、 日没20分後の薄暮 (ブルーアワー) が城のライトアップと空の青のコントラスト最美
訪問情報
- アクセス
- ブラチスラヴァ中央駅から徒歩25分または市内バス・トロリーバスで10分、 旧市街ミハエル門から徒歩10-15分の急坂。 ウィーン国際空港から列車・バスで1時間。 ドナウ川クルーズ船からも徒歩15分。
- 所要時間
- 城内見学2-3時間、 スロバキア国立博物館+王冠の塔展望台含めて半日。
- 予算目安
- 城内博物館入場料 大人約12ユーロ (約1900円)、 王冠の塔展望台追加約4ユーロ。 外観・庭園見学は無料。 (2024年時点、 公式サイトで確認)
周辺観光
徒歩10分の旧市街中心ミハエル門 (14世紀ゴシック市門、 ブラチスラヴァ象徴)、 徒歩15分の聖マルティン大聖堂 (1452年完成、 1563-1830年ハンガリー戴冠式11回の場)、 徒歩20分の新橋 (Nový Most) UFO展望台 (1972年共産時代の建築、 城を見下ろす展望)、 列車1時間でウィーン・3時間でブダペストの中欧3首都周遊ルート中核。
詳しく知る
時間のある方向けの詳細情報。
年表
- 紀元前3500年頃
最古の集落
ボレラース文化期の人々が城の岩丘にアクロポリス型の防御集落を築き、 ブラチスラヴァ城の地に最初の人類定着が記録される
- 9世紀後半
モラヴィア期石造化
モラヴィア王国期にスラヴ式木造城壁が石造宮殿とバシリカに発展、 中世城郭の基礎構造が確立される
- 1000年頃
ハンガリー王国主城
イシュトヴァーン1世時代にハンガリー王国ポジョニ郡の中心拠点に指定、 西方防衛の要として機能する
- 1431年
ジギスムント再建
ハンガリー王ジギスムントが大規模ゴシック再建で長方形+四隅の塔の現在の輪郭を確立、 ジグムンド門が建設される
- 1536年
王領ハンガリー首都
オスマン帝国のハンガリー征服後、 残る王領ハンガリー首都がブダからプレスブルクに移転し王城となる
- 1552年
ハンガリー王冠保管開始
聖イシュトヴァーンの王冠 (ハンガリー戴冠用聖冠) が王冠の塔に納められ、 232年間ハンガリー国家の物質的象徴となる
- 1635-1647年
バロック改装
ハンガリー王室建築家ジョヴァンニ・バッティスタ・カルロネ設計でバロック様式に再建、 現外観の基礎が完成する
- 1761-1766年
マリア・テレジア改装
女王マリア・テレジアが近代的王居として大改装、 北側バロック庭園とテレジアヌム宮殿が増築される
- 1783年
首都ブダ移転
ハンガリー王国首都がブダ (現ブダペスト) に移転し、 ブラチスラヴァ城は重要性を失い軍兵舎へ転用される
- 1811年5月28日
大火災
守備隊員の失火による大火災で城が全焼し、 街の一部にも延焼、 142年間の廃墟期に入る
- 1953年
再建開始
共産党政権下でスロバキア国民再生事業として大規模再建が開始、 1968年に主要部が完成する
- 1993年
スロバキア独立
チェコスロバキア解体・スロバキア独立後に新国家のシンボルとして再定位、 国民議会・国立博物館を収容する
- 2008-2010年
外壁白塗装復元
マリア・テレジア期の白漆喰外観を再現する大規模補修工事を実施、 現在の象徴的な白い城の姿となる
歴史をもっと深く
ブラチスラヴァ城の歴史は紀元前3500年頃のボレラース文化集落に遡る。 紀元前125年以降のラ・テーヌ期にはケルト系ボイイ族のオッピドゥムのアクロポリス、 紀元前後期にはローマ軍の国境ドナウ川沿い駐屯地となった。 8世紀末頃スラヴ系ニトラ公国時代に5万5000平方メートルを囲う木造城壁が築かれ、 9世紀後半モラヴィア王国期に石造宮殿とバシリカが追加された。 10世紀以降ハンガリー王国の主要拠点となり、 イシュトヴァーン1世がポジョニ郡の中心とし、 ボヘミア・ドイツからの度重なる攻撃を防衛。 13世紀に石造王城として整備、 1431年ハンガリー王ジギスムントの大規模ゴシック再建で長方形・四隅の塔の現在の形状が確立した。 1526年モハーチの戦いでハンガリー軍がオスマン帝国に敗北、 1536年王領ハンガリー首都がブダからプレスブルク (ブラチスラヴァ) に移転、 ブラチスラヴァ城はハンガリー王の正式王城に昇格した。 1552年から1784年までの232年間、 聖イシュトヴァーンの王冠 (ハンガリー戴冠用聖冠) が王冠の塔に保管され、 ハンガリー国家の物質的象徴となる。 1619-1621年にはベトレン・ガーボル率いる反ハプスブルク軍が城を占領、 王冠を持ち出した。 1635年ハンガリー王室建築家ジョヴァンニ・バッティスタ・カルロネ設計でバロック改装、 1647年完成。 1712年皇帝カール6世の戴冠式に合わせウィーン門が建設され現在もメインエントランス。 1740年マリア・テレジアがハンガリー女王となるとブラチスラヴァを多用、 1761-1766年に近代的王居として大改装、 北側大庭園とテレジアヌム宮殿 (後のウィーン・アルベルティーナ美術館の基礎) を増築した。 1781年ヨーゼフ2世が総督職を廃止、 1783年王国首都ブダ移転で王宮機能喪失、 1784年王冠もホーフブルクへ移送された。 城は神学校 (1784-1802) 兼軍兵舎となり、 1809年ナポレオン軍砲撃を受けた末、 1811年5月28日守備隊員失火による大火災で内部全焼。 142年間の廃墟期を経て1953年から再建工事が開始、 1968年プラハの春直前に主要部完成、 2008-2010年外壁白塗装復元を経て現在の姿となった。
文化的背景と意義
ブラチスラヴァ城はスロバキア国民の歴史的アイデンティティの物質的中核である。 1552-1784年の232年間、 聖イシュトヴァーンの王冠 (現在ブダペスト国会議事堂保管) が王冠の塔に納められた事実は、 ブラチスラヴァが「ハンガリー王国の首都」だった時代の象徴。 18世紀後半マリア・テレジア時代の文化的繁栄 (テレジアヌム宮殿の美術コレクションは後のウィーン・アルベルティーナ美術館の起源) は中欧バロックの最盛期を体現する。 1811年大火災後の142年間の廃墟期は、 ハンガリー支配からチェコスロバキア独立、 第二次大戦、 共産主義時代の動乱期と重なり、 1953-1968年の再建は「スロバキア国民再生」の象徴として共産党政権下でも国民統合事業となった。 城内のスロバキア国立博物館はスロバキア国家形成史 (グレート・モラヴィア・ハンガリー王国・チェコスロバキア・現代スロバキア) を一望できる中欧史教育の聖地である。 1993年スロバキア独立後は新国家のシンボルとして再定位され、 ユーロ硬貨10・20・50セント裏面の国徽デザイン背景にも採用された。
建築的詳細
ブラチスラヴァ城は約95m × 70mの長方形平面の四隅にそれぞれ塔を配する輪郭で、 18世紀から「ひっくり返したテーブル (obrátený stôl)」と呼ばれる。 南西の「王冠の塔」が最大で、 13世紀建造の高さ47メートル、 1552-1784年ハンガリー戴冠用聖冠を保管した城のシンボル。 北東・北西・南東の塔は16-17世紀建造で各々高さ30メートル前後。 中庭には深さ80メートルの石造井戸 (現存) があり、 中世から籠城時の水源として機能。 外壁は1635-1647年カルロネ設計バロック再建の構造を基本とし、 1953年以降の再建で白漆喰を再現した。 4つの入城門は (1) 1712年バロックの「ウィーン門」(南西、 現メインエントランス)、 (2) 1430年代ゴシックの「ジグムンド門」(南東、 最も保存良好)、 (3) 16世紀の「ニコラス門」(北東)、 (4) 17世紀バロックの「レオポルト門」が残る。 城東側に1767-1770年増築の「テレジアヌム」宮殿、 北側にシェーンブルン宮殿様式のバロック庭園を配置。 1953年再建で内部は鉄筋コンクリート構造に現代化、 スロバキア国立博物館・国民議会会議室・宝物の間 (モラヴァニのヴィーナス等先史出土品) を収容する。