スターリング城
スターリング · GB
火山岩盤上に屹立する、メアリー・スチュアート戴冠のスコットランド王城
スコットランド・スターリング、フォース川を見下ろすキャッスル・ヒルの火山岩盤上に建つ王城。1543年に幼きメアリー・スチュアートが戴冠し、ジェームズ4世・5世・6世のステュアート歴代王が居住した、スコットランド王国独立の心臓部。
ベストシーズン・ベストタイム
白夜に近い長い日照でエスプラネードから望む夕景が黄金色に染まり、城内の野外コンサートも開催
★★★★★
クイーン・アンの庭園に咲く春の花とまだ閑散とした城内をゆったり巡れる撮影日和の季節
★★★★☆
黄葉のキングス・ノットと低い斜光が王宮の彫像群を立体的に照らす、写真愛好家向けの季節
★★★★☆
雪化粧する火山岩盤の城は屈指の絶景だが日照5時間台と寒風が厳しく上級者向け
★★☆☆☆
見どころ TOP 3
1.三方を断崖に守られた火山岩盤の城砦
約3億5千万年前のスターリング・シル石英ドレライト岩盤に氷河期の浸食が刻んだ「クラッグ・アンド・テイル」地形を活かした天然要塞。三方を切り立った崖に囲まれ、フォース川最下流の渡河点を抑える戦略要衝として中世以来不落の名声を誇る。
東側のゴウアン・ヒルから西を望むと火山岩盤の崖と城の全景が一枚に収まる
2.ジェームズ5世のルネサンス王宮
1538年頃にサー・ジェームズ・ハミルトン・オブ・フィナート指揮で完成した王宮(ロイヤル・パレス)。フランス様式の王・神話獣彫像群とスターリング・ヘッズ天井装飾で知られ、2011年に総工費1200万ポンドの再現が完了。
アウター・クローズ側のファサードを午後の斜光下で撮ると王の彫像群の陰影が浮き立つ
3.ジェームズ4世のグレートホール
全長約42m、幅14mのスコットランド最大規模の中世大広間。1503年完成、ジェームズ4世が国際的な王宮を志向して建設。20世紀には兵舎仕様で改造されたが、2011年の大改修でハンマービーム天井と黄土漆喰外壁が蘇った。
外部から見るなら王宮越しに西側ファサードの黄土色漆喰、内部はハンマービーム見上げ構図が映える
物語・伝説
こんな人におすすめ
現地で知るべき豆知識
- 1.城内のタペストリー・スタジオではユニコーン狩りのタペストリー再現の現場を実演公開しており、平日10時前後なら職人と直接話せる穴場体験、入城料に含まれ追加料金は不要となっている。
- 2.クイーン・アンの庭園奥の見晴台「レディース・ロック」は地元民が知る夕景スポットで、フォース川とウォレス・モニュメントを背景に城全景が収まる無料の絶景ポイント、夏は21時頃まで明るい。
- 3.スターリング駅から徒歩なら旧市街のブロード・ストリート経由が古い石畳と教会群を楽しめる王道、戻りはバック・ウォーク (Back Walk) という17世紀城壁沿いの遊歩道で景色を変えると2倍楽しめる。
訪問情報
- アクセス
- エディンバラ・ウェイヴァリー駅から列車で約50分のスターリング駅下車、駅から徒歩約20分または市内バスで5分。グラスゴー・クイーンストリート駅からも約30分。車ならM9高速道路スターリング出口から約10分、城下にエスプラネード駐車場あり。
- 所要時間
- 城内見学に約2.5-3時間、城下町散策込みで半日
- 予算目安
- 入城料 大人約19ポンド・子供約11ポンド(2024年時点、 公式サイトで最新確認推奨)。 公共交通+食事込み1人40-60ポンドが目安。
周辺観光
徒歩圏に旧市街マーカット・クロス、聖ルードの教会、アーガイル邸、徒歩30分のレディース・ロック展望台。バス・車15分でウォレス・モニュメント(アバーゲイル丘)とバノックバーン古戦場ビジターセンター、車30分でドゥーン城(『アウトランダー』ロケ地)も組合せ可能。
詳しく知る
時間のある方向けの詳細情報。
年表
- 1110年
城の最初の記録
アレクサンダー1世が城内に礼拝堂を奉献。これがスターリング城の文献上最初の記録となり、すでに王権の重要拠点であったことを示す。
- 1297年9月
スターリング・ブリッジの戦い
アンドリュー・モレイとウィリアム・ウォレス率いるスコットランド軍が英軍を撃破し城を奪還。籠城した英軍は飢餓で降伏した。
- 1304年
ウォーウルフ投入
エドワード1世の再包囲で史上最大級の投石機「ウォーウルフ」が史上初めて投入されたと記録される。城は陥落し英軍占領下に戻った。
- 1314年6月
バノックバーンの戦い
城眼下でロバート・ブルース王が英軍を決定的に撃破し独立を勝ち取った。王は再占領防止のため城を破却した。
- 1452年
ダグラス伯刺殺事件
ジェームズ2世が第8代ダグラス伯ウィリアムを城内で刺殺。反逆的同盟の解消を拒んだ伯爵の死は王権集中の転機となった。
- 1503年
グレートホール完成
ジェームズ4世がスコットランド最大規模の中世大広間を完成。国際的な王宮としての地位を確立した。
- 1538年頃
ロイヤル・パレス完成
ジェームズ5世が招聘したフランス石工とサー・ジェームズ・ハミルトン・オブ・フィナート指揮で英国諸島初期のルネサンス王宮が完成した。
- 1543年9月
メアリー・スチュアート戴冠
生後9か月のメアリーが城内チャペル・ロイヤルで戴冠。母メアリー・オブ・ギーズが摂政として英軍からの娘の防衛にあたった。
- 1594年
チャペル・ロイヤル新築
ジェームズ6世が嫡子ヘンリー王子の洗礼のため新たな王室礼拝堂を建設。古典様式の長堂と17世紀フレスコ装飾が残る。
- 1651年
クロムウェル軍に陥落
ジョージ・モンク将軍率いるクロムウェル軍が8月6日から包囲し14日に守備隊が降伏。包囲跡は教会とグレートホールに今も残る。
- 1746年
最後の包囲戦
ジャコバイト蜂起でボニー・プリンス・チャーリー(若僭称王)が包囲を試みたが落とせず、これが城最後の籠城戦となった。
- 1881年
アーガイル・アンド・サザランド連隊本部
チルダーズ改革で第91・第93連隊が統合され、アーガイル・アンド・サザランド・ハイランダーズ連隊本部が城内に置かれた。
- 1964年
軍事用途から文化財へ
英陸軍の所有が終了し、文化財整備の本格的な時代が始まった。164年続いた兵舎としての役割が終わった。
- 2011年
王宮再現プロジェクト完成
10年・総工費1200万ポンドのロイヤル・ロッジング再現プロジェクトが完了。極彩色のルネサンス王宮の姿が現代に蘇った。
- 2015年
ユニコーン狩りタペストリー完成
ウェスト・ディーン・カレッジで2002年から進められたユニコーン狩りのタペストリー再現プロジェクトが完成し、王妃の接見室に4枚が展示された。
歴史をもっと深く
スターリング城の最初の記録は1110年、アレクサンダー1世が城内に礼拝堂を奉献した記述に遡る。王は1124年にここで没し、デイヴィッド1世期に城下スターリングが王領自治都市に昇格、城は王国行政の中枢となった。1286年のアレクサンダー3世急死で王位継承危機が勃発、1296年エドワード1世がスコットランド侵攻を開始しスコットランド独立戦争が始まる。1297年9月、アンドリュー・モレイとウィリアム・ウォレスがスターリング・ブリッジの戦いで英軍を撃破し城を奪還。1304年エドワード1世の再包囲では巨大投石機「ウォーウルフ」が史上初めて投入されたと伝わる。1313年、エドワード・ブルース(王の弟)が城主サー・フィリップ・モウブレイと「翌年6月24日までに英軍救援がなければ降伏」の約定を結び、これが1314年6月23-24日のバノックバーンの戦いを誘発、エドワード2世率いる英軍はロバート・ブルース王に決定的敗北を喫した。王は再占領防止のため城を破却。1380年代に現存最古の北門が築かれ、1424年にジェームズ1世妃ジョーン・ボーフォートへの嫁資となった。1452年、ジェームズ2世が第8代ダグラス伯ウィリアムを城内で刺殺するという衝撃的事件が起き、ジェームズ3世はここで生まれた。1488-1513年のジェームズ4世期に主要建築の大半が建設され、グレートホール・キングズ・オールド・ビルディング・フォアワーク(外門)が完成。1513年フロドゥンの戦いで王が戦死後、ジェームズ5世はサー・ジェームズ・ハミルトン・オブ・フィナート指揮、フランス招聘の石工によりロイヤル・パレスを完成させた。1542年王没後、生後9か月のメアリー・スチュアートが1543年9月9日にチャペル・ロイヤルで戴冠、母メアリー・オブ・ギーズが摂政として「乱暴な求婚」期の英軍に備え南面フレンチ・スパー砲台を築造した。1594年、ジェームズ6世が嫡子ヘンリー王子の洗礼のためチャペル・ロイヤルを新築。1603年の同君連合後は王宮としての地位が低下し軍事拠点化、1651年クロムウェル軍モンク将軍の包囲で陥落。1746年のジャコバイト蜂起ではボニー・プリンス・チャーリーが包囲に失敗、これが最後の籠城戦となった。1800-1964年は英陸軍兵舎として使用され、1881年からアーガイル・アンド・サザランド・ハイランダーズ連隊本部に。2002年から始まったロイヤル・ロッジング再現プロジェクトが10年1200万ポンドをかけ2011年夏に完了、2015年にはユニコーン狩りのタペストリー4枚も完成し、極彩色の王宮が現代に蘇った。
文化的背景と意義
スターリング城はエディンバラ城と並ぶスコットランド王権の二大象徴で、独立戦争・ステュアート王朝・ジャコバイト蜂起というスコットランド史の三大叙事詩すべての舞台となった稀有な城。ヒストリック・エンバイロンメント・スコットランドが管理する「指定古代記念物(Scheduled Ancient Monument)」であり、年間来訪者数はエディンバラ城に次ぐスコットランド第2位の城郭観光地として知られる。エドワード1世の侵攻でウィリアム・ウォレスとロバート・ブルースという2人の独立の英雄が活躍した古戦場であり、両者の銅像が城のエスプラネードに据えられている。城のイメージはクライズデール銀行発行の20ポンド紙幣に採用され、スコットランド・ナショナルアイデンティティの視覚的象徴となっている。映像作品では1995年映画『ブレイブハート』、2018年映画『アウトロー・キング』など、独立戦争を扱う作品の精神的な舞台として描かれ続けている。古都スターリングは1124年に王領自治都市に昇格し、城・スターリング旧市街・ウォレス・モニュメント・バノックバーン古戦場が徒歩・バスで連結される「スコットランド独立の聖地巡礼地」を形成している。
建築的詳細
スターリング城は約3億5千万年前形成の石英ドレライト岩盤「スターリング・シル」上に築かれ、氷河期浸食でできた「クラッグ・アンド・テイル」地形を縄張りそのものとする天然要塞。標高約75mの岩盤頂を本郭に、西から東へ段差状にアウター・クローズ、インナー・クローズ、ネザー・ベイリーが連なる構造を持つ。現存最古の北門は1380年代ロバート・スチュアート(マンティース伯)期の石組みで、フォアワーク(外門)は1500年頃ジェームズ4世が建設、フランス軍事建築様式を装飾的に取り入れたデザイン。グレートホール(1503年完成、外形42m×14m)は4基の暖炉とハンマービーム小屋組を備える中世最大規模の世俗建築で、上部は黄土色漆喰仕上げ。ロイヤル・パレス(1538年頃完成)はフランス・ドイツ・イタリア折衷ルネサンス様式の正方形プランで、外壁の壁柱には王・女神・神話獣の彫像が配される。王の寝室天井には「スターリング・ヘッズ」と呼ばれる直径約75cmの円形オーク彫刻37枚が嵌め込まれていたが1777年に剥がされ、現存品はスミス美術館と国立スコットランド博物館に分蔵。チャペル・ロイヤル(1594年完成)は古典様式長堂で内壁に17世紀フレスコが残り、南面のフレンチ・スパー砲台はイタリア人技師ロレンツォ・ポマレッリ設計の稜堡前駆形態として近世要塞史上貴重な遺構。