ブダ城
一区 · HU
ドナウ西岸にそびえる800年王宮、 ハンガリーの記憶を重ねた世界遺産の城
ハンガリー王国の歴代王朝が築き重ねた、 ブダペスト城丘南端の歴史宮殿。 ゴシック・ルネサンス・バロック・ネオ・ルネサンスが層を成し、 ドナウ川越しの夜景は中欧屈指の絶景として知られる。1987年世界遺産登録。
ベストシーズン・ベストタイム
新緑の城丘と穏やかな気候、 城丘を歩く散策に最適な気持ちよい季節
★★★★★
日没22時頃のロングサンセットとドナウ川クルーズが映える観光最盛期
★★★★☆
紅葉の城丘と恒例ワインフェスティバル(9月)が重なる、 写真愛好家に絶好の穴場の好機
★★★★★
クリスマスマーケットと雪化粧の王宮が織り成す中欧の冬景色が魅力
★★★☆☆
見どころ TOP 3
1.ドナウ川越しに見る王宮の威容
ゲッレールトの丘または鎖橋ペスト側から眺める王宮は、 全長300メートルの白い壁面と高さ95メートルのドームが城丘の南端に鎮座し、 ブダペスト随一のスカイラインを成す。 川面に揺れるライトアップは「ドナウの真珠」の異名の源である。
ペスト側エルジェーベト広場の対岸プロムナード、 日没30分後がベスト
2.ルネサンス王の遺産マーチャーシュ噴水
1904年完成のマーチャーシュ噴水は、 ルネサンス君主マーチャーシュ1世の狩猟を描いた群像彫刻。 北アルプス初のルネサンス文化中心となったコルヴィナ図書館主の伝説を伝え、 王宮中庭で写真スポットとして親しまれる。
獅子の中庭側からの正面構図、 午前中の柔光が彫刻の陰影を引き立てる
3.ドナウの夜景に輝くライトアップの王宮
日没後にライトアップされた王宮はドナウ川の水面に映え、 鎖橋・国会議事堂と並ぶ三大夜景の主役となる。 川岸の遊歩道から見上げる構図、 ドナウ川クルーズから見上げる構図のいずれも観光客に絶大な人気を誇る。
鎖橋のブダ側たもとから北向き、 ブルーアワー後10-15分が至高
物語・伝説
こんな人におすすめ
現地で知るべき豆知識
- 1.城丘地区全域は24時間無料で散策でき、 早朝6-8時は観光客がほぼおらず城門・中庭の写真撮影に絶好の穴場時間帯となる。 ゴールデンアワーの王宮ファサードを独占できる。
- 2.鎖橋たもとから城丘へはブダ城ケーブルカー「シクロー」(1870年開業) で約2分、 大人片道1500フォリント。 急な丘を歩くのが大変な人や子供連れには断然これがお薦めである。
- 3.ハンガリー国立美術館は月曜定休、 火-日の10-18時開館で大人2400フォリント程度。 平日午前なら大混雑を避けてマーチャーシュの祭壇画など名品をゆっくり鑑賞できる。
訪問情報
- アクセス
- 地下鉄M2線セール・カールマン広場駅から徒歩約15分、 または鎖橋ブダ側からブダ城ケーブルカーで約2分。 市バス16・16A・116番が城丘地区まで直行。
- 所要時間
- 城丘散策と王宮外観で2時間、 国立美術館込みで半日が目安。
- 予算目安
- 城丘散策は無料。 国立美術館 大人2400フォリント、 ケーブルカー片道1500フォリント。 (2024年時点)
周辺観光
徒歩約5分の北側にマーチャーシュ教会(13世紀建立)と漁夫の砦(1902年完成の展望台)が立ち、 ドナウとペスト地区のパノラマを楽しめる。 徒歩約15分のセーチェーニ鎖橋は1849年完成のドナウ川最古の常設橋で、 19世紀ハンガリー独立運動の象徴である。 ペスト側に渡れば聖イシュトヴァーン大聖堂・国会議事堂と組合せ可能。
詳しく知る
時間のある方向けの詳細情報。
年表
- 1247-1265年
ベーラ4世の石造再建
モンゴル襲来(1241年)後、 ハンガリー王ベーラ4世が城丘に石造の要塞を築き、 ブダ城の起源となる王宮建設が始まる
- 14世紀後半
ゴシック宮殿への整備
ラヨシュ1世大王の弟スラヴォニア公イシュトヴァーンが城丘南端にゴシック様式の王宮を整備、 「イシュトヴァーンの塔」遺構が今も残る
- 1410-1437年
ジギスムントの大拡張
神聖ローマ皇帝ジギスムントが国際ゴシック様式の大宮殿に拡張、 中世末期で最大級のゴシック宮殿に発展した
- 1476-1490年
マーチャーシュのルネサンス改築
ナポリ王女ベアトリーチェとの婚姻でイタリア人芸術家が来訪、 北アルプス初のルネサンス文化中心地となりコルヴィナ図書館が設置された
- 1541年
オスマン帝国の占領
モハーチの戦い(1526年)後、 スレイマン1世がブダを占領、 約145年に及ぶオスマン支配の時代が始まる
- 1686年
ハプスブルク奪還
ブダ包囲戦でハプスブルク帝国軍がオスマン勢力を駆逐してブダを奪還、 戦闘で王宮は再び大破された
- 18世紀
バロック大改築
マリア・テレジア時代に大規模なバロック様式の改築が行われ、 現在見られる王宮の基本形が形成された
- 1867-1916年
ネオ・バロック大改装
オーストリア=ハンガリー二重帝国期、 建築家ミクローシュ・イブルとアロイス・ハウスマンが中央ドームと巨大ファサードを完成させた
- 1944-1945年
ブダペスト包囲戦
ソ連軍とドイツ・ハンガリー軍の激戦地となり、 王宮は壊滅的打撃を受け、 ハンガリーの文化財最大の損失となった
- 1950年代-1980年代
社会主義期の復元
外観は簡素化されたバロック様式で復元、 内部は国立美術館・歴史博物館・図書館の複合文化施設に転用された
- 1987年
世界遺産登録
ユネスコ世界遺産「ブダペスト、ドナウ河岸とブダ城」として登録、 河岸景観としての評価で新しい遺産概念を提示した
- 2002年
拡大登録
「ブダペストのドナウ河岸とブダ城地区およびアンドラーシ通り」として拡大、 19世紀のネオ・ルネサンス都市軸が追加された
歴史をもっと深く
ブダ城の起源は1247-1265年、 モンゴル襲来(1241年)の打撃を受けたハンガリー王ベーラ4世が城丘に石造の防衛拠点を築いたことに遡る。 当初は城丘北側のカンマーホーフ近くと推定され、 14世紀後半にラヨシュ1世大王の弟スラヴォニア公イシュトヴァーンがゴシック様式の王宮として南端に整備した。 「イシュトヴァーンの塔」と呼ばれる城主塔の基礎部は現存する最古の遺構となる。 15世紀初頭、 神聖ローマ皇帝かつハンガリー王ジギスムント(在位1387-1437)は自らの帝権を示すため大規模な拡張を行い、 ブダ城は中世末期で最大級の国際ゴシック宮殿となった。 北翼の「フレッシュ宮殿」には70×20メートルの「ローマの間」が設けられ、 木彫天井とドナウ川を見下ろす大窓・バルコニーが特徴であった。 15世紀後半のマーチャーシュ1世コルヴィヌス王(在位1458-1490)時代に、 ナポリ王女ベアトリーチェとの婚姻(1476年)を契機にイタリア人人文主義者・芸術家・職人が来訪し、 ブダは北アルプス初のルネサンス文化中心地となった。 王宮にはコルヴィナ図書館・黄金天井の書斎・十二宮の壁画廊・パラス・アテナ像の噴水が設けられ、 一部の赤大理石手摺・装飾タイルが現存する。 1526年のモハーチの戦いでハンガリー軍がオスマン帝国に敗北し、 1541年にスレイマン1世がブダを占領、 オスマン支配は約145年続いた。 1578年10月12日には倉庫への落雷による火薬粉塵爆発で王宮が大破した。 1686年、 ハプスブルク帝国軍がブダを奪還する「ブダ包囲戦」で城は再び破壊された。 18世紀のマリア・テレジア(在位1740-1780)時代に大規模なバロック様式の改築が行われ、 19世紀のフランツ・ヨーゼフ1世期(1867-1916)に建築家ミクローシュ・イブルとアロイス・ハウスマンによるネオ・バロック様式の大改装で現在見られる中央ドーム(高さ約95メートル)と巨大ファサードが完成した。 1944-1945年冬のブダペスト包囲戦ではソ連軍とドイツ・ハンガリー軍の激戦地となり、 王宮は壊滅的打撃を受けた。 社会主義政権下で1950年代以降の修復事業が行われ、 外観は簡素化されたバロック様式で復元、 内部はハンガリー国立美術館・ブダペスト歴史博物館・国立セーチェーニ図書館用途に転用された。 1987年にユネスコ世界遺産「ブダペスト、ドナウ河岸とブダ城」として登録、 2002年に「アンドラーシ通り」を加えた拡大登録となった。
文化的背景と意義
ブダ城は、 ハンガリー王国800年の歴代王朝が築き重ねた建築の重層性で、 中欧における政治的記憶の総体を体現する記念物である。 アールパード朝のロマネスク石造要塞・アンジュー朝のゴシック宮殿・ジギスムントの国際ゴシック大宮殿・マーチャーシュの北アルプス初ルネサンス文化中心地・ハプスブルク家のバロックとネオ・バロックという5世紀にわたる様式の積層は、 欧州の支配者交代と文化変遷を一つの建築複合体で読み解ける稀有な事例である。 マーチャーシュ・コルヴィヌス王のコルヴィナ図書館は、 中世末期の人文主義の象徴として国際的に知られ、 欧州ルネサンスの東方拡散の最重要拠点となった。 1944-45年のブダペスト包囲戦からの戦後復興事業は、 第二次大戦で壊滅した文化財再生の中欧モデル事例として、 ドレスデン・ワルシャワなど東欧諸都市の文化財運営に影響を与えた。 1987年の世界遺産登録「ブダペスト、ドナウ河岸とブダ城」は、 単独建造物ではなく河岸景観としての評価で、 都市と河川と歴史宮殿の三位一体評価という新しい遺産概念を提示した点でも歴史的意義を持つ。
建築的詳細
ブダ城は、 ドナウ川西岸の城丘(ヴァール・ヘジ、 標高約170メートル)南端に立つ全長約300メートル・幅約60メートルの大規模王宮複合体で、 丘の高低差約60メートルを活かして川側と西側両方の眺望を確保する。 現在の外観は18世紀ハプスブルク期のバロック様式を基調とし、 19世紀ネオ・バロック改装による拡張を含む。 中央のドーム(高さ約95メートル)は19世紀末のミクローシュ・イブル設計による象徴的構造物で、 第二次大戦後の復元で社会主義期に簡素化された姿となった。 王宮は獅子の中庭(リオン・コートヤード)を中心に3つの主要中庭を擁し、 それぞれ異なる時代の建築要素を保存する。 城の東側はドナウ川を見下ろすバロック様式の正面ファサード、 西側は丘陵側のゴシック・ルネサンス由来の中世構造を残す壁面が立つ。 ジギスムント期の「壊れた塔」(チョンカ・トロニ、 西側の coup d'honneur 西側にあった未完成構造)の基礎部、 中世のドナウ側「コルティナ壁」と呼ばれる二重壁の遺構、 マーチャーシュ期の赤大理石手摺など、 各時代の遺構が点在し考古学的調査の対象となる。 建材は地元産の石灰岩と赤大理石、 屋根は緑青色の銅板で覆われ、 ペスト側から見ると壮麗な王宮景観を成す。