ホーフブルク宮殿

インネレシュタット · AT

640年ハプスブルク家の冬の皇居、 神聖ローマから今日まで続く欧州最大級の皇宮

オーストリア・ウィーン旧市街中心に広がるホーフブルク宮殿は、 1279年以来 640 年間にわたりハプスブルク家の冬の主皇宮として機能した欧州最大級の宮殿複合体。 18 の建物群と 2600 室を擁し、 神聖ローマ帝国・オーストリア帝国・オーストリア=ハンガリー帝国の権力中枢を経て、 現在は大統領官邸と OSCE 本部が同居する稀有な歴史的建造物である。

ベストシーズン・ベストタイム

4月-5月

気温 15-20 度で快適、 旧市街の桜並木と宮殿庭園のチューリップが見頃でベストシーズン

★★★★★

6月-8月

観光最盛期で混雑必至、 ウィーン音楽祭と重なり夜の宮殿コンサートを楽しめる文化的繁忙期

★★★★☆

9月-10月

黄葉の宮殿庭園と落ち着いた観光客数、 大統領府の警備交代式を撮影しやすい穴場期

★★★★★

11月-2月

クリスマス市と新年舞踏会シーズンで宮殿全体がライトアップ、 厳冬でも幻想的な雰囲気

★★★★☆

見どころ TOP 3

  • 1.ミヒャエル門と内庭ファサード

    1893 年完成の新バロック大ドーム門は観光客が最初に出会う象徴的入口で、 両側にヘラクレスの巨像 4 体が配置される。 内側を抜けると円形ミヒャエル広場と内庭ファサードが現れ、 帝国時代の威厳を最も体感できる入場ルート。

    ミヒャエル広場から門を正面に捉える構図、 午前の順光

  • 2.シシィ博物館と皇帝の部屋

    アマリア宮内のシシィ博物館は皇妃エリザベトの遺品 300 点超を展示、 1898 年暗殺時の血染めの衣装やダイヤの星型髪飾りが圧巻。 隣接する皇帝の部屋ではフランツ・ヨーゼフ 1 世の質素な鉄製ベッドが見どころ。

    シシィ博物館の入口側から内装を捉える構図、 自然光

  • 3.スペイン乗馬学校の冬季馬場

    1729 年フィッシャー設計の冬季乗馬学校は世界最古の現役施設で、 白リピッツァナー馬のクラシック馬術が 290 年継承。 シャンデリア 46 基並ぶ白漆喰ホールで朝の稽古を見学可、 ハプスブルク宮廷文化の生きた化石。

    2 階観覧席からシャンデリアと白馬を俯瞰する構図、 自然光

物語・伝説

1275 年頃ボヘミア王オタカル 2 世がウィーン公の居城として築いた要塞は、 1278 年マルヒフェルトの戦いで王が敗死しハプスブルク家の本拠地となる。 以後 640 年・19 代の皇帝が増改築を重ね、 マリア・テレジア・フランツ・ヨーゼフ 1 世・皇妃シシィの暮らした宮殿となった。 1938 年 3 月、 新宮殿のテラスからアドルフ・ヒトラーがオーストリア併合を宣言、 暗黒の歴史も刻む。 1918 年帝政崩壊後は大統領官邸として転用、 ハプスブルク帝国の物質的記憶として現代ウィーンの中心に立ち続けている。

こんな人におすすめ

ハプスブルク帝国とウィーン会議の歴史に関心ある歴史マニア、 皇妃シシィの生涯に魅せられた王室ファン、 バロック宮殿建築と新バロックの折衷を学びたい建築愛好家、 馬術と宮廷文化を体験したいクラシック愛好家、 ウィーン旧市街を歩く美術愛好家。

現地で知るべき豆知識

  • 1.シシィ博物館・皇帝の部屋・銀器コレクションはシシィ・チケット (約 22 ユーロ) でシェーンブルン共通券、 公式サイトで 24 時間前までの予約必須、 当日券は夏期 1-2 時間待ちで朝 9 時開門前到着推奨
  • 2.スペイン乗馬学校の朝の稽古 (火-金 10:00-12:00) は本公演より安く約 15 ユーロで観覧可、 公演日は spanische-hofreitschule.com で月単位の予約必須、 子馬の稽古日は家族連れの穴場
  • 3.宮殿群は無料で通り抜け可能でミヒャエル広場-内庭-ヘルデン広場のルートは入場料なしで歩け、 早朝 7 時前なら観光客ゼロで写真撮影に最適、 大統領在席時はレオポルディン棟前で警備兵交代を見学できる隠れた見所

訪問情報

アクセス
ウィーン国際空港 (VIE) から市内まで CAT 特急 16 分、 シュテファンスプラッツまで地下鉄 U1 で 2 分。 ホーフブルクへは地下鉄 U3 ヘレンガッセ駅から徒歩 3 分、 シュテファン大聖堂から徒歩 8 分の旧市街中心立地。
所要時間
シシィ博物館+皇帝の部屋で 2 時間、 宮殿群と乗馬学校含めて半日。
予算目安
シシィ・チケット 22 ユーロ (約 3500 円)、 スペイン乗馬学校朝の稽古 15 ユーロ、 公式コンサート 50-150 ユーロ。 (2024 年時点)

周辺観光

徒歩 5 分のシュテファン大聖堂 (12 世紀ゴシックの大聖堂)、 徒歩 3 分のアルベルティーナ美術館 (デューラー・ピカソの素描コレクション)、 徒歩 10 分のウィーン国立歌劇場 (1869 年完成の世界三大歌劇場)、 地下鉄 30 分のシェーンブルン宮殿 (夏の離宮、 ハプスブルク家の対の宮殿) と組合せて 2 日かけて回るのが王道。

詳しく知る

時間のある方向けの詳細情報。

年表

  1. 1275年頃

    オタカル2世築城

    ボヘミア王オタカル 2 世がウィーン公として中世要塞 (現スイス宮) を築造、 ホーフブルクの起源となる

  2. 1278年

    ハプスブルク家獲得

    マルヒフェルトの戦いでオタカル 2 世がルドルフ 1 世に敗れて戦死、 ホーフブルクがハプスブルク家の所領となる

  3. 1552年

    スイス門完成

    フェルディナント 1 世のルネサンス様式スイス門が完成、 皇帝称号の銘文と金羊毛勲章の天井画が刻まれる

  4. 1660-1680年

    レオポルディン棟

    レオポルト 1 世がバロック様式のレオポルディン棟を建設、 後に大統領公邸となる中核建物が完成する

  5. 1722-1726年

    国立図書館プルンクザール

    フィッシャー・フォン・エアラハ父子設計のバロック大広間が完成、 「世界で最も美しい図書館」と称される

  6. 1729-1735年

    冬季乗馬学校

    フィッシャー・フォン・エアラハ設計の冬季乗馬学校が完成、 世界最古の現役乗馬施設として今日まで継承される

  7. 1814-1815年

    ウィーン会議

    ナポレオン戦争後の欧州秩序を決めたウィーン会議の主会場、 メッテルニヒ宰相主導の体制が形成される

  8. 1881-1913年

    新宮殿建設

    ハーゼナウアー+ゼンパー設計の新バロック様式新宮殿が完成、 ヘルデン広場に半円形ファサードを構える

  9. 1893年

    ミヒャエル門完成

    新バロック様式ミヒャエル門が完成、 観光客の主要入口となり大ドームが旧市街のスカイラインを彩る

  10. 1918年11月

    帝政崩壊

    カール 1 世が退位してオーストリア=ハンガリー帝国が崩壊、 ハプスブルク家 640 年の本拠地としての歴史が幕

  11. 1938年3月

    アンシュルス宣言

    アドルフ・ヒトラーが新宮殿バルコニーからオーストリア併合を宣言、 約 25 万人のウィーン市民が集合する

  12. 1946年

    大統領公邸転用

    レオポルディン棟がオーストリア連邦大統領公邸として転用、 共和国民主主義の象徴的拠点へと変容する

  13. 1995年

    OSCE本部設置

    欧州安全保障協力機構 (OSCE) 本部が新宮殿に設置、 ウィーンが国際外交都市としての地位を確立する

  14. 2001年

    世界遺産登録

    ウィーン旧市街の構成資産としてユネスコ世界遺産に登録、 シュテファン大聖堂と並ぶ核心建築群となる

歴史をもっと深く

ホーフブルク宮殿の起源は 1275 年頃、 ボヘミア王オタカル 2 世 (在位 1253-1278) がウィーン公として築いた中世要塞に遡る。 1278 年 8 月 26 日マルヒフェルトの戦いでオタカル 2 世が神聖ローマ皇帝ルドルフ 1 世 (ハプスブルク家) に敗れて戦死、 ホーフブルクは以後 640 年にわたり王朝の冬の主皇宮となる。 13-14 世紀のスイス宮 (Schweizerhof) が最古の中核部で、 1552 年フェルディナント 1 世時代のスイス門と帝室宝物館・宮廷礼拝堂を擁する。 16 世紀末にアマリア宮 (Amalienburg) が加わり、 17 世紀レオポルト 1 世がレオポルディン棟 (1660-1680、 現大統領公邸) を建設、 バロック化が進む。 フィッシャー・フォン・エアラハ父子設計の宮廷図書館プルンクザール (1722-1726) は大ホール 80 × 14 メートル × 高さ 20 メートルにフレスコ天井画が広がるバロック建築の傑作。 18-19 世紀には帝国宰相府 (1723-1730)・冬季乗馬学校 (1729-1735) が完成。 1814-1815 年ウィーン会議の主会場として欧州代表が集い、 ナポレオン戦後の新秩序「メッテルニヒ体制」が決定された歴史的舞台。 1857 年フランツ・ヨーゼフ 1 世がウィーン市壁を撤去してリングシュトラーセを計画、 これに併せて新宮殿 (Neue Burg、 1881-1913 ハーゼナウアー+ゼンパー設計) を新バロック様式で建設、 拡張「カイザーフォーラム」構想は第一次大戦で頓挫し未完成。 1893 年ミヒャエル門 (Michaelertrakt) が完成。 1918 年 11 月 11 日カール 1 世が退位して帝政が崩壊、 ハプスブルク家の本拠地としての 640 年が終わる。 1938 年 3 月 15 日アドルフ・ヒトラーが新宮殿バルコニーからオーストリア併合 (アンシュルス) を宣言し約 25 万人のウィーン市民が集合、 暗黒の歴史を刻む。 1946 年からレオポルディン棟が連邦大統領公邸として転用、 1958 年から国際会議場として一般開放、 1995 年 OSCE 本部設置で外交都市ウィーンの顔となる。

文化的背景と意義

ホーフブルクは「皇宮 (Hofburg、 ホーフ=宮廷、 ブルク=城)」を意味し、 640 年・19 代のハプスブルク家君主が冬季を過ごした王朝の物質的記憶として、 オーストリアのアイデンティティの中核を成す。 シェーンブルン宮殿が「夏の離宮」なら、 ホーフブルクは「冬の主皇宮」という対比構造で、 マリア・テレジア・フランツ・ヨーゼフ 1 世・皇妃シシィ・カール 1 世らが暮らした。 1814-1815 年ウィーン会議の主会場として欧州の地政学的中心となり、 メッテルニヒ主導の「ウィーン体制」がここで形成。 1918 年帝政崩壊後はオーストリア共和国の象徴となり、 1995 年 OSCE 本部誘致を経て民主主義と国際協調の場へと変容した。 国立図書館プルンクザールは「世界で最も美しい図書館」と称され、 帝室宝物館には神聖ローマ皇帝戴冠用宝冠 (962 年作)・聖槍・帝国宝剣など中世の至宝が保存される。 シシィ博物館 (2004 年開館) は皇妃エリザベトの伝説的人生 (16 歳結婚-60 歳暗殺) を遺品 300 点超で再構成、 映画「Sissi」三部作 (ロミー・シュナイダー主演) と相まって世界中の観光客を引きつける。 ウィーン旧市街世界遺産 (2001 年登録) の構成資産として、 シュテファン大聖堂と並ぶ核心建築群である。

建築的詳細

ホーフブルク宮殿は東西 800 メートル × 南北 500 メートル、 約 24 万平方メートルに 2600 室・18 の主要建物・19 の中庭を擁する欧州最大級の宮殿複合体。 建築時期が 13 世紀から 20 世紀初頭まで 600 年以上にわたり、 ゴシック・ルネサンス・バロック・新バロックが混在する稀有な「建築時代の博物館」。 最古のスイス宮 (Schweizerhof、 13 世紀) はオタカル 2 世時代の正方形プラン+四隅塔+堀+跳橋の中世要塞構造で、 1552 年完成のスイス門がフェルディナント 1 世の称号を刻むルネサンス・ファサードを示す。 フィッシャー父子設計の宮廷図書館プルンクザール (1722-1726) は大ホール 80 × 14 × 高さ 20 メートル、 ダニエル・グラン作 200 平方メートルの天井フレスコ画とコリント式列柱で囲まれたバロック建築の最高峰。 1729-1735 設計の冬季乗馬学校はシャンデリア 46 基の白漆喰大広間で世界最古の現役乗馬施設。 1881-1913 ハーゼナウアー+ゼンパー設計の新宮殿 (Neue Burg) は新バロック半円形ファサードでヘルデン広場に正対、 オイゲン公とカール大公の騎馬像が中央軸を構成。 1893 年ミヒャエル門が大ドームと新バロック装飾で完成、 観光ルートの起点となる。

外部リンク

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