シヨン城
Veytaux · CH
レマン湖に浮かぶ岩盤の上、バイロンの詩が世界に轟かせた中世の名城
スイス・ヴォー州モントルー近郊、レマン湖畔の岩盤上に立つシヨン城は、サヴォワ伯家3世紀の居城にして、英国の詩人バイロンが1816年に詠んだ『シヨンの囚人』の舞台。湖に張り出した楕円形の城は欧州屈指の観光城として年間40万人超を迎える。
ベストシーズン・ベストタイム
湖畔の若葉とアルプスの残雪、城の岩盤に咲く野花のコントラストが美しい好機
★★★★☆
モントルー・ジャズ・フェスティバル(7月)と組合せ、湖の青と城の白の対比が最も映える最盛期
★★★★★
湖畔ぶどう畑の紅葉と霧に包まれる早朝の城、観光客が減り落ち着いた撮影が楽しめる
★★★★☆
雪化粧の城と凍るような湖面、観光客最少の穴場時期だがクリスマス市と組合せ可能
★★★☆☆
見どころ TOP 3
1.湖面に映る城とアルプスの絶景
湖に張り出した岩盤上に築かれた楕円形の城は、対岸ダン・デュ・ミディ山の雪嶺を背景に湖面に映り込む。欧州中世城郭で最も絵になる構図と称される、19世紀以来世界中の画家・写真家を魅了した一枚を撮れる。
城の北側にある湖畔遊歩道から南西を向き、夕方の薔薇色の光で撮影
2.ボニヴァルの地下牢とバイロンの刻名
城地下のゴシック様式の柱列が並ぶ地下牢は、ジュネーヴの宗教改革者フランソワ・ボニヴァルが1530年から6年間鎖で繋がれた場所。バイロンが1816年訪問時に柱に刻んだ署名は今も保護下で見学でき、文学聖地となっている。
地下牢の柱列を縦構図で、奥行きを強調するワイドレンズが効く
3.陸と城を結ぶ木造の跳ね橋
本土側から城へ至る唯一の入口は、岩盤と陸地の間の溝を渡る木造の跳ね橋。中世そのままの姿を残し、橋を渡る瞬間にサヴォワ伯時代の関税徴収拠点としての臨場感を体感できる。湖側から橋越しに城を望む構図も人気である。
橋の手前から城門を正面に、午前の順光が建材の質感を浮かす
物語・伝説
こんな人におすすめ
現地で知るべき豆知識
- 1.城内のオーディオガイドは日本語を含む15言語対応で入場料に含まれる無料サービス。地下牢で詩編『シヨンの囚人』の朗読音源を聞ける章があり、文学愛好家には必聴のハイライトとなっている
- 2.モントルーから湖畔遊歩道を徒歩45分かけて歩くと、湖船から城が現れる瞬間の絶景に出会える。バスより遥かにフォトジェニックで、平坦コースのため家族連れでも歩きやすい人気のルートである
- 3.スイストラベルパスで入場無料となるため、ジュネーヴ・チューリッヒ周遊なら実質負担ゼロ。閉場前の最後の1時間は団体客が引け静かに見学でき、地下牢を独り占めできる穴場の時間帯となる
訪問情報
- アクセス
- モントルー駅から市バス201番で約10分の「Chillon」下車すぐ、または湖畔遊歩道を徒歩約45分。ジュネーヴから鉄道で約1時間。
- 所要時間
- 城内見学で2時間、湖畔散策含めて半日が目安。
- 予算目安
- 入場料 大人13.50CHF・子供7CHF、スイストラベルパスで無料。(2024年時点、最新は公式サイトで確認)
周辺観光
徒歩約45分のモントルー旧市街は7月のジャズ・フェスティバルで世界的に有名な音楽都市。徒歩約15分のヴェイトー駅周辺にはクイーン・スタジオ博物館とフレディ・マーキュリー像がある。車で約30分のラヴォー地区は世界遺産のぶどう畑段丘景観で、観光列車・徒歩・自転車で巡れる。
詳しく知る
時間のある方向けの詳細情報。
年表
- 1150年
最古の文書記録
サヴォワ伯ユンベール3世の特許状にシヨン城が登場、岩盤上の砦として既に存在していた
- 1248-1267年
ピエール2世の大拡張
サヴォワ伯ピエール2世がジェームズ・オブ・セント・ジョージ親方を起用し、現在の楕円形3中庭構造と特徴的窓を完成
- 1530年
ボニヴァルの投獄
ジュネーヴ独立を支持した修道士ボニヴァルがサヴォワ公の命で地下牢に幽閉、6年間鎖に繋がれた
- 1536年
ベルン軍の侵攻
ベルン軍がヴォーに侵攻して城を陥落させ、ボニヴァルを含む全囚人を解放、260年間のベルン統治が始まる
- 1798年
レマン共和国宣言
ヴォーがベルン支配を脱し独立、城は占領フランス軍の弾薬・武器庫として用いられた
- 1816年6月
バイロンの訪問
英国詩人バイロンとシェリーが城を訪問、バイロンは地下牢の柱に署名を刻み『シヨンの囚人』を一気に書き上げた
- 1887年
保存修復事業の開始
アルベール・ナエフが20年にわたる徹底的な考古学調査と歴史的修復を主導、近代修復学の先駆事例となる
- 1908年
修復事業の完了
ナエフによる修復が一区切りを迎え、修復石材を記号で区別する歴史考証的手法が確立した
- 2002年
シヨン城基金会設立
城の運営と保存を担うシヨン城基金会(Fondation du Château de Chillon)が設立され、現在の博物館城運営体制が整った
- 2018年
年間40万人超の観光客
欧州中世城郭で最多訪問数の一つとなり、文学観光の代表事例として国際的評価が定着した
歴史をもっと深く
シヨン城の建つ岩盤は石器時代から住居として利用された自然の要害で、城に関する最古の文書記録は1160年のものであり、サヴォワ伯ユンベール3世による領有が同時期に始まった。当時の城は11世紀築の方形ドンジョン(主塔)を中心とした砦規模で、ブルゴーニュからグラン・サン・ベルナール峠に至る街道を監視する戦略的位置にあった。12世紀中頃にはサヴォワ伯家の夏の居城となり、伯家はレマン湖に船団を保有していた。1248年から1266-1267年にかけてピエール2世伯(在位1263-1268)の大拡張工事が行われ、現在見られる楕円形の3中庭構造と特徴的な窓が完成した。窓はジェームズ・オブ・セント・ジョージ親方の手によるもので、彼は後にウェールズのハーレフ城にも同様の意匠を持ち込んだとされる。13世紀から14世紀のサヴォワ期に城は最盛期を迎え、政治的・軍事的拠点として機能すると同時に、領主によって囚人の収容施設としても用いられた。最も有名な囚人は1530年に投獄されたジュネーヴの修道士フランソワ・ド・ボニヴァル(1493-1570)で、サン・ヴィクトール修道院長にして歴史家でもあった。1536年、ベルン軍が侵攻して城を陥落させ、ボニヴァルを含む全囚人を解放した。以降1798年まで約260年間、城はベルン代官の居城兼ヴォー地方統治の中枢として機能した。1798年、フランス語圏のヴォーがドイツ語圏ベルンの支配を脱して「レマン共和国」を宣言、フランス軍を招き入れて自治を確保した。占領期、城は弾薬・武器庫として用いられた。19世紀末から本格的な保存修復事業が開始され、専門家ヨハン・ルドルフ・ラーン、ヘンリー・ド・ゲイミューラー、エルネスト・ビュルナを経て、アルベール・ナエフが20年にわたり城の徹底的な考古学的調査と歴史的修復を主導した。1816年6月のバイロン訪問と詩『シヨンの囚人』の発表はその後の保存運動と観光化を決定的にし、現在は財団運営の博物館城として年間40万人超の観光客を集める。
文化的背景と意義
シヨン城はスイス連邦の文化財で「国家的重要性を持つ歴史的記念物」(A級)に指定され、ヴォー州が管理する。世界遺産登録は受けていないが、レマン湖畔の景観としては1979年のラヴォーぶどう畑段丘の世界遺産登録(2007年)と並ぶスイス・ロマンディ地方の象徴的記念物である。バイロンの『シヨンの囚人(The Prisoner of Chillon)』(1816年)と詩編『シヨン城詩(Sonnet on Chillon)』は欧州ロマン主義文学の代表作として文学史で重要な位置を占め、ヴィクトル・ユゴー、ギュスターヴ・クールベ、J.M.W.ターナーなど多くの作家・画家が城を題材に作品を残した。クールベの油彩『シヨン城』(1874年)はベルフォール美術館の代表作である。日本との関わりでは、ロート製薬の胃腸薬「シロン」(1954年発売)の名称が、当時の社長山田輝郎が本城の美しさに感銘を受けて命名したことに由来する。1988年公開の日本・スイス合作映画『アナザー・ウェイ ―D機関情報―』のロケ地としても用いられた。文学観光(literary tourism)の代表事例として、英国の作家ゆかりの地と並ぶ欧州文化遺産の参照点となっている。
建築的詳細
シヨン城は湖に張り出した楕円形の島(長さ約100メートル・幅約50メートル)の岩盤上に築かれ、3つの中庭と25棟の建物で構成される非対称配置を示す。湖側は居住区兼防御壁、陸側は要塞・牢獄機能を持ち、両者を渡櫓と中庭が接続する。建材は地元産のジュラ系石灰岩で、屋根は赤茶色の伝統瓦で覆われる。最古の中庭周辺は12世紀のロマネスク様式、14世紀以降の拡張部はゴシック様式で、3世紀にわたる建築様式の変遷が一体で観察できる。陸側のドンジョン(主塔)は11世紀築の方形塔で、高さ約25メートル、城内最古の構造物である。13世紀の伯爵の大広間は絵柄装飾天井を持ち、礼拝堂には14世紀の壁画が保存される。地下牢はゴシック様式の柱列が湖面下の岩盤に直接立ち、湖面の光が高窓から差し込む独特の空間美を成す。城門への入口は陸と城を結ぶ木造の跳ね橋で、中世そのままの姿を残す。湖側の防御として、岩盤の自然地形を活かした胸壁と矢狭間が配されている。