エディンバラ城
シティ・オブ・エディンバラ・カウンシル · GB
火山岩頸の頂にそびえる、26度の包囲を耐え抜いたスコットランドの王城
スコットランドの首府エディンバラ中心部、約3億5千万年前の火山活動が生んだ岩頸キャッスル・ロックの頂に佇む古城。11世紀以来の王宮にして要塞、英国諸島で最も多くの包囲に耐えた軍事拠点であり、年間200万人超を迎えるスコットランド屈指の象徴である。
ベストシーズン・ベストタイム
ミリタリー・タトゥーとフリンジ祭で旧市街全体が祝祭化、城のライトアップも最も劇的
★★★★★
観光客が増え始める前の静かな季節、開花した桜と城壁の対比が美しい
★★★★☆
観光ピーク後で人が減り、紅葉のホリールード公園と組み合わせた1日が快適
★★★★☆
クリスマス・マーケットとホグマナイ(大晦日祭)、雪化粧の岩頸はミステリアスな佇まい
★★★☆☆
見どころ TOP 3
1.キャッスル・ロックを見上げる城下からの全景
標高130メートルの玄武岩岩頸の頂上に城壁が積み重なる威容は、エディンバラ市街のどこからでも目線を奪う。南側のグラスマーケットから見上げると、断崖と石造の城郭が一体化した天然要害の姿を最も実感できる。
グラスマーケットや旧市街南側の坂道から見上げる構図、夕方の斜光が断崖を浮かび上がらせる
2.12世紀のセント・マーガレット教会堂
城内で最も古い建造物にして、エディンバラ全市でも最古の現存建築。デイヴィッド1世が母聖マーガレットに捧げて建てた小さなロマネスク礼拝堂で、丸天井と素朴な彫刻が900年の時を伝えている。
内陣の小窓から差し込む朝光の構図、人の少ない開門直後の時間帯がおすすめ
3.夏のミリタリー・タトゥーで生まれる夜の劇場
毎年8月のエディンバラ国際フェスティバル期間中、城前広場エスプラネードがバグパイプと太鼓のパレード会場に変貌する。世界中の軍楽隊が集う夜の儀礼祝祭は、ライトアップされた城壁を背景に三週間続く。
観覧席中央後方からの広角構図、フィナーレの花火と城のシルエットを一枚に収める
物語・伝説
こんな人におすすめ
現地で知るべき豆知識
- 1.日曜以外の午後1時に城内から発射される空砲ワン・オクロック・ガンは、城外のプリンセス・ストリート・ガーデンズからも音が響き、時計合わせの実用儀礼として今も続く。発射5分前から城壁上の砲座に兵士が姿を現す。
- 2.8月のミリタリー・タトゥーは通常チケットとは別売で、半年前から完売することも多い。当日券狙いより、購入は1月の販売開始直後が安全。観覧席は屋根なし区画が安いが、雨対策のレインポンチョが現地で配布される。
- 3.通常入場は事前オンライン予約で時間指定制。早朝9時30分の最初の枠は団体ツアーが少なく、グレート・ホールやクラウン・ルームを人込みなく見られる。スコットランド王冠と運命の石「スクーンの石」は午前中の方が見学列が短い。
訪問情報
- アクセス
- エディンバラ・ウェイヴァリー駅から徒歩約15分、ロイヤル・マイルの最頂部に正門がある。エディンバラ空港からはトラム1本でセント・アンドリュー・スクエア駅まで約35分、そこから徒歩約15分。
- 所要時間
- 城内主要部の見学で2時間半から3時間半、博物館を丁寧に巡るなら半日
- 予算目安
- 入場料は2024年時点で大人約£21.50、交通費含めて£30前後、ロイヤル・マイルでの食事込みで£50-70が目安
周辺観光
城門から東へ伸びるロイヤル・マイルは、聖ジャイルズ大聖堂・旧スコットランド議会・ジョン・ノックスの家を経て、東端のホリールード宮殿まで歴史的建造物が連なる。さらに東のホリールード公園にはアーサーの玉座と呼ばれる古火山があり、市街を一望できる人気の登山コースとなっている。
詳しく知る
時間のある方向けの詳細情報。
年表
- 12世紀初頭
セント・マーガレット教会堂建立
デイヴィッド1世が母聖マーガレットに捧げる小さなロマネスク礼拝堂を岩頂に建立、現存最古の建造物となる。
- 1296年
イングランド軍が占領
スコットランド独立戦争でエドワード1世のイングランド軍に占領され、26度に及ぶ包囲史の幕が開く。
- 1314年
崖を登る奇襲で奪還
ロバート・ザ・ブルース配下が崖を登る奇襲で城を奪還、敵の再利用を防ぐため自軍で建造物を破壊した。
- 1376年
デイヴィッズ・タワー建設
デイヴィッド2世の命で城主居住塔デイヴィッズ・タワーが建設され、王権の象徴として機能した。
- 1511年
グレート・ホール完成
ジェームズ4世の命でスコットランド議会も使用したグレート・ホールが完成、ハンマービーム木造天井が現存する。
- 1566年
ジェームズ6世誕生
メアリー1世がクラウン・スクエアの王宮で嫡子ジェームズ6世(後のイングランド王ジェームズ1世)を出産。
- 1573年
ラング・シージ
メアリー派の最後の砦として籠城するも砲撃でデイヴィッズ・タワー崩壊、ハーフ・ムーン・バッテリーが再建される。
- 1633年
王宮としての利用が終了
チャールズ1世のスコットランド戴冠を最後に王宮機能を失い、要塞・武器庫・造幣所として軍事拠点化が進む。
- 1745年
ジャコバイト蜂起の包囲
ボニー・プリンス・チャーリー率いるジャコバイト軍に包囲されるも陥落せず、城の軍事的最終局面となる。
- 1818年
オナーズ・オブ・スコットランド発見
サー・ウォルター・スコットらが蔵から忘れ去られていた王冠・剣・笏を再発見し、一般公開が始まる。
- 1923年
国立戦争記念館建立
サー・ロバート・ロリマー設計の国立戦争記念館が城内に建立され、第一次世界大戦戦没者を顕彰した。
- 1995年
世界遺産登録
エディンバラ旧市街・新市街の世界遺産構成要素として登録され、文化的価値が国際的に認められた。
- 1996年
スクーンの石の帰還
イングランドの戴冠石スクーンの石が700年ぶりにスコットランドへ返還され、城内クラウン・ルームに展示。
歴史をもっと深く
エディンバラ城の歴史は、火山岩頸キャッスル・ロックに鉄器時代以前から人の定住が始まったことに遡る。中世スコットランドの叙事詩『ア・ゴドズィン』に詠われる「エディンの要塞」がこの場所だと考えられ、紀元前後にはすでに先住民の山城が築かれていたとみられる。王城としての歴史は11世紀(平安後期)、スコットランド王マルカム3世大首領王(在位1058年-1093年)の時代に始まり、岩頂に王宮と礼拝堂が整えられた。城内最古の建造物セント・マーガレット教会堂は12世紀初頭、デイヴィッド1世が母聖マーガレットに捧げて建てた小さなロマネスク礼拝堂で、エディンバラ全市でも最古の現存建築である。 13世紀末からのスコットランド独立戦争では1296年にイングランド王エドワード1世に占領され、1314年にロバート・ザ・ブルース配下が崖を登る奇襲で奪還した直後、敵に再利用されぬよう自軍で城を破壊させた。1356年の「ブルント・キャンドルマス」では再度英軍が城を再建するなど、城は両国の支配の鍵として奪い合いの対象であり続けた。1376年にデイヴィッド2世が居住塔デイヴィッズ・タワーを建設し、後の1573年(室町時代天正元年)のラング・シージで砲撃により崩壊するまで王権の象徴として機能した。 1566年、メアリー1世が嫡子ジェームズ6世(後のイングランド王ジェームズ1世)をクラウン・スクエアの王宮で出産し、後にスコットランドとイングランドの同君連合へと連なる血統がここで産声をあげた。1633年(寛永10年)以降は王宮としての利用が衰え、要塞・武器庫・国宝庫・造幣所・監獄として軍事拠点化が進む。1745年のジャコバイト蜂起では包囲を受けるも陥落せず、城は次第に軍事から国家象徴へと役割を移していく。19世紀以降はサー・ウォルター・スコットの活動を契機にスコットランドの国民的記憶を象徴する文化財として再評価が進み、1818年に蔵から発見されたオナーズ・オブ・スコットランド(王冠・剣・笏)が一般公開され、1923年(大正12年)には城内に国立戦争記念館が建立された。1996年にはイングランドの戴冠石スクーンの石がウェストミンスター寺院から700年ぶりに帰還し、城内クラウン・ルームに展示されている。現在はスコットランド政府の外局ヒストリック・エンバイロメント・スコットランドが管理運営している。
文化的背景と意義
エディンバラ城は、スコットランド王権の物理的中枢として千年以上にわたり機能してきた拠点であり、スコットランド王冠・剣・笏の三宝オナーズ・オブ・スコットランドや、歴代スコットランド王が戴冠してきた運命の石「スクーンの石」を所蔵する国家象徴の宝庫である。1995年にはエディンバラ旧市街・新市街の世界遺産構成要素として登録され、英国諸島で最も多くの包囲(2014年研究で26度確認)に耐えた城という戦略史上の評価も併せ持つ。スコットランド・ナショナリズムの記憶装置としても機能し、独自議会の再開やオナーズ展示を通じて現代の国民意識形成に直接寄与している。グラスゴーのケルビングローブ美術館・博物館に次ぐスコットランド第二の観光地で、年間200万人超を迎える。
建築的詳細
エディンバラ城は、火山岩頸の険しい地形に沿って多時代の建築が積み重なる複合体で、純粋な単一様式の城ではなく時代ごとの増改築の結晶である。最古部分のセント・マーガレット教会堂は12世紀初頭のロマネスク様式で、半円アーチの丸天井と素朴な彫刻が特徴。グレート・ホールはジェームズ4世期1511年完成の後期ゴシック様式で、現存スコットランドで最良級のハンマービーム木造天井を残す。クラウン・スクエアの王宮は16世紀初頭の整備で、メアリー1世の産室や王冠を展示するクラウン・ルームを擁する。1573年のラング・シージ後に再建されたハーフ・ムーン・バッテリーは半月型の砲台で、東面の防御を担う近世要塞建築の代表例である。15世紀の巨砲モンス・メグや、1923年完成のサー・ロバート・ロリマー設計の国立戦争記念館もここに集約されている。