モンソロー城

モンソロー · FR

ロワール川の河床に直接立つ唯一の城、 デュマ「モンソローの奥方」の舞台

フランス・メーヌ=エ=ロワール県のロワール川沿いに建つモンソロー城は、 1450-1453年にシャルル7世・ルイ11世の侍従ジャン・ド・シャンブが築いたフランボワイヤン・ゴシック様式の城館。 ロワール川の河床に直接建てられた唯一の城で、 2000年世界遺産登録、 2016年から現代美術館を擁する。

ベストシーズン・ベストタイム

4月-5月

ロワール川沿いの新緑と菜の花、 観光最盛期前で空いている、 城内庭園の彫刻散策が快適

★★★★★

6月-8月

現代美術館の企画展ピーク、 川辺のテラスでロワール産白ワインを楽しめる、 観光客最多

★★★★☆

9月-10月

ロワール渓谷の葡萄畑が黄金色、 ブドウ収穫祭、 ブルーアワーの撮影に最適な澄んだ空気

★★★★★

11月-2月

閑散期で静寂な城内を独占できる、 川面の朝霧が城を幻想的に包む、 一部施設は休館

★★★☆☆

見どころ TOP 3

  • 1.ロワール川の河床に立つ唯一の城

    他のロワール城群が川岸の高台に建つ中、 モンソロー城だけは河床に直接立つ。 ロワール川とヴィエンヌ川の合流点、 アンジュー・ポワトゥー・トゥレーヌ三地方の接点という要地。 川岸から望むと水面から壁が立ち上がる稀有な構図を見せる。

    対岸のD947号線沿いから午前の順光で全景、 夏は緑、 冬は石灰岩の白が映える

  • 2.ロワール渓谷ブルーアワーの絶景

    日の出前後30分の「ブルーアワー」、 ロワール川の水面が群青に染まり、 城の石灰岩壁が朝日でオレンジに浮かび上がる。 シュリー=シュル=ロワールからシャロンヌ間のロワール渓谷 (2000年世界遺産登録) を代表する撮影スポット。

    夏は5時前後、 冬は8時頃の日の出20分前、 川岸の遊歩道からの低い視点

  • 3.ルネサンスへ移行する螺旋階段

    城内最大の見どころは中庭に面した螺旋階段。 フランボワイヤン・ゴシックの透かし彫り装飾と、 やがてフランス・ルネサンスへ移行する繊細な意匠が同居する稀有な遺構。 シャンボール・シュノンソーへ続くロワール城群階段美の源流。

    中庭から階段塔を見上げる、 午後の柔らかい光で彫刻の陰影を強調

物語・伝説

1450年、 シャルル7世とルイ11世に仕えた王国きっての富豪ジャン・ド・シャンブは、 990年からブロワ伯爵領にあった古い砦を取り壊し、 ロワール川の河床に新城を建てる決断をした。 当時の城は山上か川岸の高台に建てるのが常識だったが、 彼はあえて水面ぎりぎりに城を据え、 川そのものを防御の一部に組み込んだ。 16世紀末、 アンリ3世時代の宮廷スキャンダル—シャルル・ド・シャンブが妻フランソワーズの愛人ビュッシー・ダンボワーズを殺害した事件—は、 19世紀にアレクサンドル・デュマが「モンソローの奥方」(1845-46) として小説化し、 城の名を不朽のものとした。

こんな人におすすめ

デュマ小説「モンソローの奥方」の舞台を訪ねたい文学愛好家、 ロワール城めぐりで「定番外」の隠れた名城を探す旅行者、 中世フランボワイヤン・ゴシックから初期ルネサンスへの建築移行を体感したい建築ファン、 現代アート (Art & Language) と歴史建築の対話を楽しむ美術愛好家に。

現地で知るべき豆知識

  • 1.城は丘の上のフォントヴロー王立修道院 (徒歩30分・車5分) と合わせて訪れるのがロワール通の定番ルート、 共通券はないが両方半日で回れる中世コースとして人気が高い
  • 2.城の現代美術館は「Art & Language」のコンセプチュアルアート世界最大規模コレクションを擁し、 中世城郭×現代美術の対比展示は他のロワール城にない独自体験を提供している
  • 3.城前のロワール川岸はキャンディ=サン=マルタンへの「カヌー&カヤック散策」発着点、 川面から城を見上げる視点は対岸からの撮影では得られない希少アングルを楽しめる

訪問情報

アクセス
TGVでパリ・モンパルナス駅からソミュール駅まで約1時間40分、 さらにバスまたはタクシーで約15分。 車ならパリから約3時間半 (A11→A85経由)、 ロワール城めぐりの起点都市トゥールからは約45分。
所要時間
城内見学と現代美術館で約2時間、 周辺散策込みで半日
予算目安
入城料は大人約12ユーロ前後 (2024年時点、 公式サイトで最新確認)、 ソミュール往復TGV+バスで約60ユーロ、 ロワール産ワイン昼食で約25ユーロ

周辺観光

徒歩30分の丘上にはフォントヴロー王立修道院 (ヘンリー2世とアキテーヌのエレオノール墓所、 ロワール城群の聖地)、 車15分でソミュール城 (15世紀のロワール城群、 公爵旧居)、 車30分でシノン城跡 (ジャンヌ・ダルクがシャルル7世に謁見した城)。 ロワール城めぐりの「裏ルート」拠点として最適。

詳しく知る

時間のある方向けの詳細情報。

年表

  1. 990年

    初期砦の築造

    第一代ブロワ伯ウードがロワール川河床近くに砦を築く。 ガロ・ロマン期の宗教建築跡地に建てられたとされ、 中世初期のアンジュー要塞網の一翼を担った。

  2. 1001年

    アンジュー伯領へ

    アンジュー伯フルク・ネラが砦を奪取、 名家ゴーティエ1世・ド・モンソローに与える。 「Castrum Monsorelli」としてアンジュー40要塞の一つに数えられた。

  3. 1101年

    フォントヴロー修道院監督

    近隣のフォントヴロー修道院設立に際し、 城主ゴーティエ・ド・モンソローがアンジュー伯直命で監督役を務めた。 継母エルサンドが初代女院長として共同創設。

  4. 1152年

    ヘンリー2世による包囲

    後のイングランド王ヘンリー2世が城を包囲、 8月末に陥落させ城主ギヨーム4世を捕囚。 城は要塞化されていたが英王権の前に屈した。

  5. 1213年

    モンバゾン家へ移譲

    ゴーティエ末裔の孫娘フェリーがピエール2世・サヴァリー・ド・モンバゾンと結婚、 城の領主権がモンバゾン家へ移った。

  6. 1450-1453年

    現城の建造

    シャルル7世とルイ11世の侍従ジャン・ド・シャンブが旧城を解体、 フランボワイヤン・ゴシック様式で現在の城を建造。 河床に直接建てた唯一のロワール城が誕生する。

  7. 16世紀末

    「モンソローの奥方」事件

    アンリ3世時代、 城主シャルル・ド・シャンブが妻フランソワーズの愛人ビュッシー・ダンボワーズを殺害。 後にデュマ小説の題材となる宮廷スキャンダル。

  8. 1845-1846年

    デュマ小説で文学化

    アレクサンドル・デュマが小説「モンソローの奥方 (La Dame de Monsoreau)」を発表。 「マルゴ女王」「四十五人衆」と並ぶルネサンス三部作の第二作として城名を不朽化した。

  9. 1862-1938年

    歴史的記念物指定

    フランス文化省が城の一部を「monument historique」に1862年・1930年・1938年の三度指定。 国家文化財として保護下に置かれた。

  10. 2000年

    世界遺産登録

    11月30日、 シュリー=シュル=ロワールからシャロンヌ間のロワール渓谷がユネスコ世界文化遺産に登録。 モンソロー城も構成資産となる。

  11. 2015年

    現代美術館への転用契約

    フランス現代美術収集家フィリップ・メアイユがメーヌ=エ=ロワール県と25年間の長期借地契約を締結、 城を現代美術館として活用する道筋が定まった。

  12. 2016年

    現代美術館開館

    「モンソロー城・現代美術館」が開館。 コンセプチュアルアート集団「Art & Language」の世界最大コレクションを常設展示し、 中世城郭と現代美術の対話空間となった。

歴史をもっと深く

モンソロー城の起源は990年、 第一代ブロワ伯ウードがロワール川河岸に砦を築いたことに遡る。 1001年にはアンジュー伯フルク・ネラが奪取し、 ゴーティエ1世・ド・モンソローに与えた。 ゴーティエ1世はアンジュー随一の名家出身で、 城は中世盛期にアンジューの40ある「fortified castles (要塞化城郭)」の一つに数えられた。 1101年にはフォントヴロー修道院が設立され、 ゴーティエ・ド・モンソローが直接アンジュー伯の命でその監督役を務めた。 ゴーティエの継母エルサンド・ド・シャンパーニュが初代女院長として共同創設に関わっている。 1152年、 後のイングランド王ヘンリー2世 (アキテーヌのエレオノール夫君) が同城を包囲・占領するが、 占領主ギヨーム4世は後に城を取り戻した。 1213年、 後継男子のいなかったゴーティエの孫娘フェリーがピエール2世・サヴァリー・ド・モンバゾンと結婚し、 城はモンバゾン家へ移った。 現在の城の主要部分は1450-1453年、 シャルル7世およびルイ11世の侍従で王国きっての富豪ジャン・ド・シャンブが、 当時の城を完全に解体してフランボワイヤン・ゴシック様式で再建したもの。 16世紀末アンリ3世時代、 シャルル・ド・シャンブが妻フランソワーズ・ド・モロー (デュマの「モンソローの奥方」のモデル) の愛人ビュッシー・ダンボワーズを殺害した宮廷スキャンダルが発生、 城の名を歴史に刻むことになる。 城の一部は1862年・1930年・1938年の三度にわたりフランス文化省の「monument historique (歴史的記念物)」に指定された。 2000年11月30日、 シュリー=シュル=ロワールからシャロンヌ間のロワール渓谷がユネスコ世界遺産 (文化遺産) に登録され、 同城もその構成資産となる。 2015年、 フランス現代美術収集家フィリップ・メアイユがメーヌ=エ=ロワール県と25年間の長期借地契約 (emphyteutic lease) を締結、 2016年に「モンソロー城・現代美術館」を開館し、 コンセプチュアルアート集団「Art & Language」の世界最大コレクションを常設展示している。

文化的背景と意義

モンソロー城は3つの観点で文化的意義を持つ。 第一に、 フランスの「monument historique (歴史的記念物)」として1862年・1930年・1938年に三度指定された国家文化財であり、 ロワール城群の中でも初期に保護対象となった希少な例である。 第二に、 2000年にユネスコ世界遺産「シュリー=シュル=ロワールとシャロンヌ間のロワール渓谷」(文化遺産) の構成資産として登録され、 中世盛期から近世にかけてのフランス王権と封建領主の建築営為を世界規模で価値づけられた。 第三に、 アレクサンドル・デュマが1845-46年に小説「モンソローの奥方 (La Dame de Monsoreau)」(三部作の第二作で「マルゴ女王」と「四十五人衆」の間に位置する) で本城を舞台にしたことで、 文学的伝説性を獲得。 城名の「モンソロー (Mons Sorello / Monte Sorello)」は1086年のラテン語地図に最初に登場し、 「Mons」は岩盤の突起、 「Sorello」は禿頭または赤を意味する可能性があるが正確な語源は不明である。

建築的詳細

モンソロー城はロワール川河床に直接据えられた特異な立地と、 1450-1453年のフランボワイヤン・ゴシック様式 (後期ゴシック装飾様式) で再建された主構造が見どころ。 主翼は方形の3階建てで、 矩形の塔と多角形の階段塔を配する。 中庭に面した螺旋階段塔は、 フランボワイヤン・ゴシックの透かし彫り (フランス語 ajourage) 装飾と、 やがてフランス・ルネサンスへ移行する繊細な意匠が同居する重要遺構。 シャンボール城やシュノンソー城など後続のロワール城群階段美の源流とされる。 壁面はトゥフォー (ロワール産の白い石灰岩) を用い、 川面に映えるその白さが「水上の白城」の印象を生む。 20世紀末の修復工事では、 中庭の堀の底からガロ・ロマン期の寺院または公共建築由来とみられる「縦溝彫り (フルート) のある石柱」が発見され、 サイトの古層性が再認識された。 同時に10世紀末のウード期の初期城の一部も考古学的に確認されている。 城の主翼内部には現在「Art & Language」コレクションの展示空間として現代的な改修が施されているが、 中世の縄張りと壁体は保存されている。

外部リンク

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