古都京都の文化財
京都市 · JP
千年の都に点在する17の聖地が織りなす、平安から江戸までの日本美が凝縮された世界遺産
京都府京都市・宇治市と滋賀県大津市にまたがる17の寺社・城郭で構成されるシリアル世界遺産。794年の平安京遷都以来1100年にわたり都の中枢にあった京都が育んだ寝殿造・書院造・枯山水・舞台造のすべてを、現存する国宝建造物38棟・重文160件で体感できる稀有な遺産群である。
ベストシーズン・ベストタイム
醍醐寺の枝垂れ桜・仁和寺の御室桜・清水寺の夜桜ライトアップなど構成資産ごとに名桜があり1週間で巡り尽くせる最盛期
★★★★★
清水寺・天龍寺・高山寺などの紅葉が燃え、二条城ライトアップも開催される京都最大の観光ピーク期
★★★★★
祇園祭が市内で開催され構成資産参拝と祭事見学を組合せられるが、盆地特有の蒸し暑さに要注意の季節
★★★☆☆
雪化粧の金閣・銀閣・龍安寺石庭が見られる確率は高くないが、観光客が減り静かに枯山水を鑑賞できる穴場期
★★★★☆
見どころ TOP 3
1.清水寺・断崖に張り出す国宝舞台造の本堂
音羽山中腹の急斜面に139本の欅柱を釘なしで組み上げた懸造(かけづくり)の本堂。1633年徳川家光再建の国宝で、地上約13メートルの檜皮葺き舞台は紅葉と桜の二季に京都市街を一望する代表景観として知られる。
奥の院の張り出し部から本堂舞台を斜めに見下ろす構図、11月下旬の紅葉と朝光が最も映える時間帯
2.鹿苑寺金閣・池水に映る三層の黄金舎利殿
1397年に足利義満が北山殿として造営した三層楼閣で、上二層に金箔を貼った舎利殿が鏡湖池に逆さに映る。1950年放火焼失後1955年に再建され、特別史跡・特別名勝の二重指定。北山文化の象徴的建造物として知られる。
鏡湖池南岸の定番撮影ポイントから金閣と水鏡を画面中央に、午前9-10時の順光が金箔を最も鮮やかに映す
3.二条城二の丸御殿・書院造の到達点と狩野派障壁画
1603年徳川家康が築き1626年家光が大改修した城郭御殿で、現存する6棟の二の丸御殿はすべて国宝。大広間・黒書院・白書院に残る狩野探幽ら狩野派の障壁画約3600面は重要文化財で、近世初期書院造の到達点を示す。
東大手門越しに二の丸御殿の唐破風玄関を捉える構図、桜と新緑が映える春か紅葉の秋に訪れたい
物語・伝説
こんな人におすすめ
現地で知るべき豆知識
- 1.17構成資産のうち比叡山延暦寺(大津市)と平等院・宇治上神社(宇治市)は京都市外にあり、京阪電車またはJR奈良線で30-50分かかる。京都市内9社寺と宇治2資産と大津1資産の三日割が現実的な周遊プランとなる。
- 2.西芳寺(苔寺)は予約制で往復はがきによる事前申込み(志納料3000円から)が必須で当日参拝不可。世界遺産構成資産の中でも最も拝観ハードルが高いため、訪問予定なら来日2か月前から申込む計画が望ましい貴重な体験となる。
- 3.二条城は世界遺産でありながら徳川幕府の政庁という他の構成資産と異質な存在で、1867年に大政奉還が宣言された大広間が現存する。京都の社寺巡りに飽きたら時代劇の舞台そのものを歩ける異色の構成資産として組み入れる価値が高い必訪スポットである。
訪問情報
- アクセス
- JR京都駅を起点に市内構成資産は市バスまたは地下鉄で20-40分、宇治の平等院・宇治上神社はJR奈良線で約20分、大津の延暦寺はJR比叡山坂本駅からケーブルカーで約40分。1日乗車券利用が経済的。
- 所要時間
- 全17構成資産巡りで3日、 主要5-6資産に絞れば1-2日が目安
- 予算目安
- 各構成資産の拝観料400-800円程度で全17資産で約8000円、市バス1日券700円(2024年時点参考)。2泊3日プランで30000-50000円目安、最新料金は公式サイトで確認。
周辺観光
構成資産外でも京都御所・桂離宮・修学院離宮(いずれも宮内庁管轄で要予約)・南禅寺・東福寺・知恩院・八坂神社・伏見稲荷大社など世界遺産級の名所が市内に集中。京都国立博物館では構成資産由来の国宝・重文を計画的に企画展示している。
詳しく知る
時間のある方向けの詳細情報。
年表
- 794年
平安京遷都
桓武天皇が長岡京から平安京へ遷都し、京都が日本の都として歩み始めた。賀茂社・東寺(平安京遷都2年後の796年)など最古の構成資産がこの時期に整備された。
- 888年
醍醐寺・仁和寺創建
聖宝が醍醐寺を、宇多天皇が仁和寺をそれぞれ888年(仁和4年)と886年起工で開基、皇室と深く関わる京都西郊の山岳寺院文化が形成された。
- 1052年
平等院創建
藤原頼通が父道長の別荘宇治殿を寺院に改めて平等院を創建。翌1053年に阿弥陀堂(鳳凰堂)が完成し、末法思想を体現する浄土教建築の代表となった。
- 1206年
高山寺再興
明恵上人が栂尾の古寺を高山寺と改めて再興。後鳥羽上皇から賀されたこの寺は『鳥獣人物戯画』を伝え日本最古の漫画の発祥地となった。
- 1339年
天龍寺創建と夢窓疎石作庭
足利尊氏が後醍醐天皇の冥福を祈るため天龍寺を創建。夢窓疎石が嵐山と亀山を借景とする曹源池庭園を作庭し、日本初の特別名勝指定庭園となった。
- 1397年
金閣造営(北山文化)
足利義満が北山殿として三層楼閣の舎利殿(金閣)を造営し、北山文化の象徴となる。義満死後に夢窓疎石を勧請開山として鹿苑寺と命名された。
- 1467年
応仁の乱で京都炎上
11年続いた応仁の乱で京都市街は焼け野原となり構成資産の多くも被災。その後の戦国・桃山期に豊臣秀吉や徳川家の保護を受け順次再建された。
- 1483年
銀閣造営(東山文化)
足利義政が東山殿として観音殿(銀閣)を造営。隣接の東求堂同仁斎は四畳半書院の起源とされ、侘び寂びの東山文化が確立した。
- 1603年
二条城築城
徳川家康が京都の宿所として二条城を築き、同年江戸幕府を開設。1626年に三代家光が後水尾天皇行幸のため大改修し現存の二の丸御殿が完成した。
- 1633年
清水寺本堂再建
徳川家光が清水寺本堂を再建。139本の欅柱を釘なしで組み上げる懸造(かけづくり)による檜皮葺き舞台造の現存本堂は1952年に国宝指定された。
- 1867年
大政奉還
徳川慶喜が二条城二の丸御殿大広間で諸大名に大政奉還を表明し、京都での江戸幕府が終焉した。同地は明治政府により行宮として用いられた。
- 1950年
金閣放火焼失
鹿苑寺の見習い僧の放火により金閣が焼失し国宝指定解除。1955年に総工費約7400万円で再建され、三島由紀夫『金閣寺』の題材となった。
- 1994年12月
世界遺産登録
第18回ユネスコ世界遺産委員会タイ・プーケット会議で17資産が日本で5件目の世界遺産として一括登録され、登録基準(ii)(iv)を満たすと評価された。
歴史をもっと深く
古都京都の文化財の歴史は794年(延暦13年)の平安京遷都に始まる。桓武天皇が長岡京から遷都した平安京は唐の長安をモデルにした条坊制都市で、構成資産のうち賀茂別雷神社(上賀茂神社)と賀茂御祖神社(下鴨神社)は遷都以前から鎮座する古社、教王護国寺(東寺)は遷都直後の796年に羅城門の東に建立された官寺である。9世紀初頭、最澄が比叡山に延暦寺を、空海が高雄山寺(後の神護寺と高山寺の前身)を開き、密教文化が花開いた。10-11世紀の摂関政治期には、藤原道長が無量寿院を建て、その子頼通が1052年(永承7年)に父の別荘宇治殿を寺院に改めた平等院が末法思想を体現する阿弥陀堂建築の代表となる。894年(寛平6年)創建の仁和寺は宇多天皇の御願寺として皇室と深い関係を保ち、888年(仁和4年)創建の醍醐寺は山岳修験の道場として発展した。鎌倉時代の1206年(建永元年)、明恵上人が高山寺を再興し『鳥獣戯画』を伝える名刹となる。室町時代に入り1339年(暦応2年)、足利尊氏が後醍醐天皇の冥福を祈るため天龍寺を創建し夢窓疎石が作庭、1397年(応永4年)には足利義満が北山殿(後の鹿苑寺)を造営し金閣を建てて北山文化の頂点を築いた。1450年(宝徳2年)細川勝元が龍安寺を創建、1483年(文明15年)足利義政が東山殿(後の慈照寺)を営み銀閣を建造、東山文化と侘び寂びの精神文化が確立する。1467年(応仁元年)から11年続いた応仁の乱で京都市街は焼け野原となり、構成資産の多くも被災したが、その後の戦国・桃山期に豊臣秀吉の保護を受けて多くが再建された。1603年(慶長8年)、徳川家康が京都の宿所として二条城を築き、1626年(寛永3年)三代家光が後水尾天皇行幸のため大改修して現存の二の丸御殿を完成させた。1633年(寛永10年)、徳川家光は清水寺本堂も再建している。1867年(慶応3年)、徳川慶喜が二条城二の丸御殿大広間で大政奉還を表明し、京都での江戸幕府は終焉した。明治期の廃仏毀釈と神仏分離により多くの社寺が困窮したが、1929年(昭和4年)国宝保存法による指定保護を経て、第二次世界大戦末期には原爆投下候補にも挙がりながらスティムソン陸軍長官の介入で奇跡的に戦災を免れた。1994年(平成6年)12月17日、第18回ユネスコ世界遺産委員会タイ・プーケット会議で17資産が日本で5件目の世界遺産として一括登録された。
文化的背景と意義
古都京都の文化財は登録基準(ii)と(iv)を満たす文化遺産で、8世紀から17世紀の建築・庭園設計の発展に対する人類の価値の重要な交流を示す点と、前近代日本の物質文化の最高表現である点が評価された。17構成資産には国宝建造物38棟・重要文化財建造物160件が含まれ、これは日本の世界文化遺産の中で最多の文化財指定数を誇る。鹿苑寺(金閣寺)・慈照寺(銀閣寺)・天龍寺・西芳寺・龍安寺・本願寺・二条城の庭園は特別名勝、醍醐寺三宝院庭園・鹿苑寺庭園・慈照寺庭園は特別史跡にも重複指定されており、文化財保護法の最高ランク指定が集中する例外的地域でもある。1467年応仁の乱の戦火、1864年禁門の変による「どんどん焼け」、戦時中の度重なる火災と再建を経ても残ったこれらの建造物群は、日本の和様建築・禅宗様建築・大仏様建築の各様式の系譜を辿れる稀有な事例である。1950年の鹿苑寺金閣放火焼失事件は三島由紀夫『金閣寺』の題材となり国際的に知られ、能・茶道・華道・庭園造形の発祥地としても京都はこれら構成資産と分かちがたい関係にある。20-21世紀には大河ドラマ『太平記』『新選組!』『軍師官兵衛』など多数の作品ロケ地として登場し、二条城は徳川幕府成立と崩壊の双方の舞台として象徴的価値を持つ。
建築的詳細
古都京都の文化財17資産は日本建築史の主要様式をほぼ網羅する稀有なコレクションである。平等院鳳凰堂(1053年建立)は阿弥陀堂建築の最高傑作で、中堂と左右の翼廊・後方の尾廊を備えた優美な左右対称構成、檜皮葺き屋根上の鳳凰像と内部の雲中供養菩薩52体は浄土荘厳の極致を示す。清水寺本堂(1633年再建)は懸造(かけづくり)技法の代表例で、急斜面に139本の欅柱を貫と楔だけで組み上げ釘を一切使わない工法、檜皮葺き入母屋造の屋根と地上約13メートルの舞台が知られる。鹿苑寺金閣(現存は1955年再建)は最下層が寝殿造の法水院、中層が武家造の潮音洞、上層が禅宗仏殿造の究竟頂と三層各異なる様式を積み上げる稀な構成で、上二層に金箔を貼る。慈照寺銀閣(1489年完成)は二層楼閣で書院造の心空殿と禅宗仏殿造の潮音閣からなり、隣接する東求堂同仁斎は四畳半茶室の起源として茶道史上重要である。龍安寺方丈庭園(15世紀末-16世紀初頭作庭)は東西25メートル・南北10メートルの白砂と15個の石組のみの枯山水代表作で、いずれの角度からも15個目の石が見えない構成を持つ。二条城二の丸御殿(1626年完成)は遠侍・式台・大広間・黒書院・白書院など6棟を雁行配置で連結する書院造の到達点で、鶯張りの仕掛けや狩野探幽筆障壁画約3600面が大広間を彩る。