UNESCO 2017

「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群

宗像市 · JP

海の正倉院、 4世紀から続く航海祭祀が眠る神宿る島・宗像沖ノ島

福岡県宗像市・福津市にまたがる「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群は、 4-9世紀に古代日本が大陸との航海安全を祈った沖ノ島の祭祀遺跡、 宗像三女神を祀る宗像大社の三宮、 宗像氏古墳群を含む8資産で構成される2017年登録のユネスコ世界文化遺産である。

世界遺産 2017

ベストシーズン・ベストタイム

4月下旬-5月上旬

新原・奴山古墳群の若草が萌え、 大島渡船からの玄界灘も穏やかな春の絶好シーズン

★★★★★

7月-8月

宗像大社沖津宮現地大祭の前後で大島まで足を伸ばせる、 海の青さが最も鮮やかな季節

★★★★☆

10月-11月

10月1日の秋の大祭「みあれ祭」で三女神の神輿が海上渡御、 古代航海祭祀の現代再現が圧巻

★★★★★

12月-2月

玄界灘の冬は波高く渡船欠航リスク大、 辺津宮初詣で福津古墳群を巡る本土完結プラン

★★★☆☆

見どころ TOP 3

  • 1.本土の宗像大社辺津宮、 三女神信仰の中核

    市杵島姫神を祀る本宮で、 1578年再建の本殿と1590年再建の拝殿は国の重要文化財。 神宝館では沖ノ島出土の国宝約3000点を常設展示し、 本土で世界遺産の核心に最も近づける場所である。

    正面参道の二の鳥居越しに本殿屋根を午前の順光で

  • 2.立入禁止の聖域、 沖ノ島の祭祀遺跡

    本土から60キロ沖の孤島で、 4-9世紀の岩上・岩陰祭祀遺構が国の史跡、 出土品約8万点が国宝指定。 神職以外立入禁止で、 大島の沖津宮遥拝所から49キロ先の島影を遠望するのが許された唯一の参拝形式である。

    沖津宮の岩上祭祀遺構を遠景でフレーミング、 玄界灘の青と岩肌の対比を意識

  • 3.新原・奴山古墳群、 海の民の眠る丘

    福津市勝浦の津屋崎古墳群の中核を成す前方後円墳5基・円墳35基など計41基が、 5-6世紀の玄界灘を望む丘陵に築かれた宗像氏墓所群。 田園と海原と古墳が同一構図に収まる構成資産唯一の俯瞰スポットである。

    見学路上の展望台から南東に望む7号墳と玄界灘を一枚に

物語・伝説

古事記・日本書紀によれば、 宗像三女神は天照大御神が須佐之男命の十拳剣を噛み砕いて生まれた三柱の姫神で、 「道中の神」として大和朝廷の航路を護った。 4世紀後半、 沖ノ島に岩上で銅鏡を捧げる露天祭祀が始まり、 ヤマト政権の威信を載せた金製指輪・三角縁神獣鏡・新羅金製馬具・ササン朝ペルシア製ガラス器が500年にわたり積み上げられた。 これら奉献品約8万点は1953年からの調査で発掘され、 全てが国宝指定。 「お言わずさま」の沖ノ島は今も女人禁制と一木一草一石不持出の厳格な掟を守る。

こんな人におすすめ

古代日本と東アジアの海上交流史に惹かれる歴史マニア、 神道・自然崇拝の原初形態に関心を持つ宗教文化研究者、 国宝8万点を一望したい博物館愛好家、 大島渡船で離島巡礼を楽しみたいユネスコ世界遺産巡礼者。 福岡市内から鉄道とフェリーで日帰り可能。

現地で知るべき豆知識

  • 1.10月1日の「みあれ祭」では沖津宮・中津宮の御神体が龍神丸を先頭に200隻超の漁船団で大島から本土神湊まで海上渡御し、 4世紀の航海祭祀そのものを目撃できる年に1度の機会、 神湊港埠頭がベスト
  • 2.大島へのフェリーは神湊渡船ターミナルから1日7便で約25分の航路だが、 冬季は欠航リスク大で前日に九州郵船HPで運航情報確認必須、 中津宮・遥拝所・御嶽山の半日コースが効率的
  • 3.宗像大社神宝館は辺津宮境内南東隅にあり、 入館料800円で沖ノ島出土の国宝約3000点を常設展示、 三角縁神獣鏡・金製指輪・新羅金製耳飾等を間近で観覧でき、 沖ノ島本体に行けない一般人の最接近手段

訪問情報

アクセス
JR鹿児島本線「東郷駅」北口から西鉄バス宗像大社経由福間駅行で約12分、 「宗像大社前」下車徒歩1分で辺津宮に到着。 大島へは神湊渡船ターミナルから九州郵船フェリーで約25分。
所要時間
辺津宮+神宝館で2-3時間、 大島往復(中津宮・沖津宮遥拝所含む)で半日-1日が目安。
予算目安
辺津宮参拝無料、 神宝館入館料 大人800円。 大島フェリー往復1,180円。 福岡市内からの交通往復で約1,800円。 (2024年時点)

周辺観光

車で30分の道の駅むなかたは地元グルメと土産の中継拠点、 福津市側の津屋崎千軒の白壁街並みと光の道で有名な宮地嶽神社も徒歩圏。 北九州方面は門司港レトロや関門海峡まで日帰り可能な広域観光が組める広域旅行拠点となる。

詳しく知る

時間のある方向けの詳細情報。

年表

  1. 4世紀後半

    沖ノ島祭祀の開始

    大和朝廷の朝鮮半島出兵を背景に、 沖ノ島で岩上に銅鏡・鉄製武器を奉献する第I期露天祭祀が始まる

  2. 5-7世紀

    岩陰祭祀期

    新羅金製馬具・百済産遺物・中国魏鏡など東アジア各地の奉献品が沖ノ島の岩陰に積み重なり、 海上交流の中継地となる

  3. 5-6世紀

    新原・奴山古墳群の築造

    宗像氏の墓所群として玄界灘を望む丘陵に前方後円墳5基を含む41基の墳丘墓が築かれる

  4. 9世紀末

    沖ノ島祭祀の終焉

    遣唐使廃止(894年)前後に第IV期露天祭祀が終了、 沖ノ島での500年連続祭祀が一段落する

  5. 1578年

    辺津宮本殿の再建

    大友宗麟侵攻による焼失後、 同年に小早川隆景・黒田孝高の支援で五間社流造の本殿が再建される

  6. 1590年

    辺津宮拝殿の再建

    天正18年に切妻造・檜皮葺の拝殿が再建、 本殿とともに後に国の重要文化財に指定される

  7. 1933年

    沖津宮遥拝所の建立

    昭和8年、 大島北岸に現存社殿が建立、 49キロ先の沖ノ島を遥拝する近代の祭祀拠点となる

  8. 1954-1971年

    沖ノ島学術調査

    沖ノ島調査委員会が3次の調査を実施、 約8万点の奉献品が考古学的に体系化される

  9. 1962年

    出土品の国宝指定

    「福岡県宗像大社沖津宮祭祀遺跡出土品」として約8万点全てが国宝に一括指定される

  10. 2009年

    世界遺産暫定リスト入り

    「宗像・沖ノ島と関連遺産群」の名称で文化庁が世界遺産暫定リストへの記載を決定する

  11. 2017年7月

    世界文化遺産登録

    クラクフ世界遺産委員会で登録基準(ii)(iii)に基づき8資産全てが正式登録、 日本21番目の世界遺産となる

  12. 2018年

    Save the Sea運動開始

    登録後の保全活動として、 玄界灘の海洋環境保護を目的とした「Save the Sea運動」が地域住民主導で始まる

歴史をもっと深く

「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群の歴史は、 古事記・日本書紀に記される宗像三女神誕生神話に始まる。 4世紀後半、 大和朝廷の朝鮮半島出兵と大陸交流が活発化する中で、 玄界灘の航海守護神として宗像三女神信仰が体系化された。 沖ノ島では岩上に銅鏡や鉄製武器を奉献する第I期(4世紀後半-5世紀)の露天祭祀が始まり、 続いて第II期(5世紀後半-7世紀)の岩陰祭祀、 第III期(7世紀-8世紀前半)の半岩陰半露天祭祀、 第IV期(8世紀-9世紀末)の露天祭祀へと形式が変遷し、 計500年にわたって絶え間なく祭祀が継続された。 奉献品は中国魏鏡(三角縁神獣鏡)・新羅金製馬具(古墳時代)・ササン朝ペルシア製カットガラス碗・唐三彩等を含む約8万点に及び、 古代東アジア海上交流の物的証拠として無類の価値を持つ。 一方、 福津市の新原・奴山古墳群は5-6世紀にかけて玄界灘を望む丘陵に築かれた前方後円墳5基・円墳35基・方墳1基の計41基で、 海上交流を司った宗像氏の墓所群と推定されている。 中世以降の宗像大社は宗像氏歴代大宮司が祭祀を継承し、 鎌倉の宗像氏業から南北朝の宗像氏俊・室町の宗像氏貞まで武家としても玄界灘に勢力を張った。 1578年(天正6年)に大友宗麟の侵攻で宗像大社の社殿が焼失、 同年に小早川隆景・黒田孝高の支援で本殿再建、 1590年(天正18年)に拝殿が再建され、 これらは現存最古の遺構として国の重要文化財に指定された。 江戸時代には筑前福岡藩黒田家の崇敬を受け、 沖ノ島も古来からの掟に従って厳重な祭祀の島として守られ続けた。 1953年(昭和28年)から3次にわたる沖ノ島学術調査で約8万点の奉献品が学術的に位置付けられ、 1962年に「福岡県宗像大社沖津宮祭祀遺跡出土品」として国宝指定。 2006年に文化庁世界遺産候補に提案、 2009年に世界遺産暫定リスト登録、 2017年7月9日のクラクフ世界遺産委員会で登録基準(ii)(iii)に基づき正式登録された。

文化的背景と意義

宗像・沖ノ島は世界遺産登録基準(ii)「人類の価値の重要な交流を示すもの」と基準(iii)「現存する/消滅した文化的伝統・文明の稀な証拠」に基づき登録された。 「沖ノ島の祭祀遺跡」は世界に類例のない4-9世紀の500年連続祭祀遺跡として、 古代東アジア航海・交流・信仰の物的証拠が顕著な普遍的価値と認められた。 沖ノ島出土品約8万点は全て国宝、 沖ノ島原始林は国の天然記念物、 宗像大社境内と新原・奴山古墳群は国の史跡指定の重層保護を受ける。 沖ノ島は「お言わずさま」(島で見聞きを口外禁止)・女人禁制・一木一草一石不持出・上陸前の海中禊等、 古代の掟が現代まで継承される稀有な聖域。 女人禁制継続については21世紀的価値観との緊張が議論となり、 ICOMOS勧告の女性差別懸念に対し沖津宮遥拝所は「漁業安全祈願の場として島の女性が伝統的に祈ってきた場」との両義的解釈が提示された。 英訳「Sacred」はイコモス調査員が現地で用いた民俗学慣用句として採用、 神道を「ancient nature worship faith」と説明することで「自然の聖地」としての普遍的価値が国際認知された。

建築的詳細

宗像大社辺津宮の本殿は1578年(天正6年)の焼失後、 小早川隆景・黒田孝高の支援で再建された五間社流造・檜皮葺の本格的な中世神社建築で、 国の重要文化財に指定されている。 拝殿は1590年(天正18年)に再建された切妻造・檜皮葺・桁行五間・梁間三間の構造で、 同じく国の重要文化財。 沖ノ島の祭祀遺跡は建造物ではなく、 標高約244メートルの一ノ岳南斜面の岩上・岩陰に4段階で形成された露天祭祀遺構で、 巨石(岩座、 イワクラ)を祭壇として銅鏡・鉄製武器・玉類・金属器を奉献する形態。 中津宮(大島)は元禄9年(1696年)再建の本殿が福岡県の有形文化財に指定、 大島集落側の参道を上った高台に鎮座する。 沖津宮遥拝所(大島北岸)は1933年(昭和8年)に建立された切妻造・檜皮葺の現社殿で、 海を隔てて49キロ先の沖ノ島を遥拝する設計。 新原・奴山古墳群は5-6世紀の墳丘墓群で、 22号墳(全長80メートルの前方後円墳)が最大、 周辺の40基は直径10-40メートルの円墳・方墳が散在する。

外部リンク

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