UNESCO 1987

ハドリアヌスの長城

カンブリア · GB

皇帝ハドリアヌスが築いた、 ローマ帝国最北の117キロにわたる世界遺産の城壁

イングランド北部ニューカッスルからカーライルを結ぶハドリアヌスの長城は、 西暦122年に第14代ローマ皇帝ハドリアヌスが築いた117.5キロの石造防衛線。 1987年に世界遺産登録、 英国最大のローマ考古遺跡として現存する。

世界遺産 1987

ベストシーズン・ベストタイム

4月-5月

新緑のヒースランドと羊の放牧風景、 ロングウォーク開幕で気候も穏やかな好機

★★★★☆

6月-8月

日照14時間以上、 全要塞・博物館がフル稼働、 ロングウォーク踏破に最適な絶頂期

★★★★★

9月-10月

ヒースの紫絨毯と黄金の草原が広がる撮影の旬、 観光客が減り静寂が戻る

★★★★☆

11月-3月

霧氷と低光線が遺跡を神秘化するが、 強風・短日照で踏破は熟練者向け

★★☆☆☆

見どころ TOP 3

  • 1.ハウステッズ・ローマ要塞の全貌

    長城沿いに14要塞が並び、 ハウステッズは800人駐屯の最大級。 司令部・兵舎・浴場・水洗トイレ跡が完全な形で残り、 2世紀のローマ軍の生活様式を肌で感じられる。 イングリッシュ・ヘリテージ管理で博物館併設。

    南西高台から要塞全景を俯瞰、 夕方の斜光で石壁の立体感が際立つ

  • 2.ホイン・シル断崖と長城の絶景

    中央セクションのウィン・シル玄武岩断崖を縫って延びる長城は、 自然と人工が融合する英国屈指の景観。 ピール・クラッグスからスティール・リッグへの稜線歩きは、 2000年前のローマ兵の視点を体験できる聖地である。

    ピール・クラッグスの最高点から東方向に望むウェーブ状の起伏が王道

  • 3.シカモア・ギャップ跡の聖地

    映画『ロビン・フッド』(1991)のロケ地として世界に知られた孤立樹のあった凹地。 2023年9月に伐採されたが、 V字型の地形は今も長城の象徴で巡礼者が絶えない。 切株からはひこばえが伸び、 復活への希望が静かに残る。

    V字凹地の西斜面から東を望む構図、 早朝の霧が幻想的

物語・伝説

西暦117年、 第14代ローマ皇帝として即位したハドリアヌスは、 前任者の拡張路線を転じ「帝国を保全する」防衛重視策を掲げた。 122年、 自ら属州ブリタニアを視察した皇帝は、 北方ケルト部族の侵入を恒久的に防ぐためタイン川河口からソルウェイ湾までを結ぶ大城壁の建設を命じる。 工事は約10年、 三軍団のローマ兵自身が石工となって完成させた。 4世紀末の撤退後は中世農家や18世紀ロビー軍道の建材に転用されたが、 残った遺跡は今、 ローマの理性と統治の象徴として世界の旅人を惹きつける。

こんな人におすすめ

ローマ史と古代軍事建築に魅了される歴史マニア、 84マイルの長距離歩道を踏破したいトレッカー、 荒涼としたムーアランドと石壁の絶景を求める風景写真愛好家、 英国の世界遺産を巡る旅行者。 ニューカッスルやカーライルから日帰り・1泊2日が現実的。

現地で知るべき豆知識

  • 1.ホップス・スカー・カフェ(スティール・リッグ近く)は地元産食材のスコーンと長城ビューが評判の隠れた名店。 ハウステッズ→シカモア・ギャップ往復の中間休憩に最適で、 観光バスが寄らない静かな場所である
  • 2.イングリッシュ・ヘリテージ会員(年£72-)はハウステッズ・チェスターズ・コーブリッジ要塞を含む全英400遺跡が無料、 2回以上の長城訪問で元が取れる。 海外在住者は『Overseas Visitors Pass』(9日£60)が割安となる
  • 3.AD122バス(夏季のみ運行)はヘクサム駅からブランプトン駅まで主要見学地を結ぶ唯一の公共交通で、 5月-9月の毎日運行。 これを逃すと長城エリアはレンタカーかタクシーが事実上必須となる

訪問情報

アクセス
ニューカッスル空港から要塞最寄りのヘクサム駅まで電車約40分、 そこから夏季AD122バスで30分。 ロンドンからは特急で3時間。
所要時間
ハウステッズ要塞のみ半日、 中央セクション縦走で1日、 全長踏破は84マイル国家歩道で6-7日
予算目安
ハウステッズ入場料 大人£12.50、 駐車£5-。 1日交通+食事込で£40-60が目安(2024年時点)

周辺観光

ヴィンドランダ要塞(出土文字資料で有名)、 チェスターズ・ローマ要塞(浴場跡が美しい)、 コーブリッジ・ローマ町跡、 ダラム大聖堂(車で1時間)、 アニック城(ハリー・ポッターのロケ地)が長城周辺の主要な歴史的場所。

詳しく知る

時間のある方向けの詳細情報。

年表

  1. 117年

    ハドリアヌス即位

    トラヤヌス帝死去によりハドリアヌスが第14代ローマ皇帝に即位、 拡張から防衛への政策転換を打ち出す

  2. 122年

    建設開始

    ハドリアヌス自身がブリタニア属州を視察、 タイン川からソルウェイ湾までの117.5キロ城壁建設を命令

  3. 132年頃

    主要部分完成

    第二・第六・第二十軍団のローマ兵が約10年の工期で主要セクションを完成、 マイルキャッスルと要塞網を整備

  4. 142年

    アントニヌスの長城建設

    後継アントニヌス・ピウスが北方80キロにアントニヌスの長城を建設、 帝国北限が一時北上する

  5. 160年頃

    ハドリアヌス線に復帰

    アントニヌスの長城が放棄されハドリアヌスの長城が再びローマ帝国北限となる

  6. 410年

    ローマ軍撤退

    西ローマ帝国衰退によりブリタニア駐留軍が撤退、 長城は徐々に放棄され地元の建材採取場と化していく

  7. 1746年

    ロビー軍道建設

    ジャコバイト反乱鎮圧のためジョージ・ウェイド将軍が長城のすぐ南にロビー軍道(現B6318)を建設、 大量の石材が転用される

  8. 1830年代

    クレイトンの保存活動

    考古学者ジョン・クレイトンが私財で長城周辺の土地を買収、 体系的な保存・発掘活動を開始する

  9. 1987年

    世界遺産登録

    12月にユネスコ世界文化遺産に登録、 後に上ゲルマン・ラエティアのリメスとアントニヌスの長城を加えた『ローマ帝国の国境線』へ発展

  10. 2003年

    国家歩道開通

    84マイル(135キロ)の『ハドリアヌス・ウォール・パス』が国家歩道として正式開通、 年間1万人以上が踏破するようになる

  11. 2023年

    シカモア・ギャップ伐採事件

    9月にシカモア・ギャップの象徴的孤立樹が故意伐採され英国全土で衝撃、 切株からひこばえが伸び復活の兆しが残る

歴史をもっと深く

ハドリアヌスの長城の歴史は、 西暦117年にトラヤヌス帝の死去によりハドリアヌスが第14代ローマ皇帝として即位したことから始まる。 ハドリアヌスは前任者の拡張政策を転換し、 帝国の境界線を明確化して防衛する『リメス』思想を採用した。 122年、 ブリタニア属州を実地視察したハドリアヌスは、 タイン川河口のセゲドゥヌム(現ウォールセンド)からソルウェイ湾のボウネス・オン・ソルウェイまで117.5キロを結ぶ大城壁建設を命じた。 工事は第二アウグスタ軍団・第六ウィクトリクス軍団・第二十ウァレリア・ウィクトリクス軍団の3軍団のローマ兵自身が石工となって担い、 約10年で主要部分が完成した。 当初の壁厚は3メートルで計画されたが、 中央部で2.4メートルに縮減され、 西側のアーシング川以西は当初芝と木材で築かれ後に石造化された。 1ローママイル(約1.48キロ)ごとに『マイルキャッスル』と呼ばれる小要塞、 その間に2基の監視塔(タレット)、 そして約6キロ毎に500-1000人駐屯の大要塞(ハウステッズ、 チェスターズ、 ヴィンドランダ等)が配置された。 138年にハドリアヌスが死去すると後継者アントニヌス・ピウスは長城を北方80キロに移すアントニヌスの長城を142年に着工したが、 160年頃には放棄されハドリアヌスの長城が再び帝国北限となった。 4世紀後半、 ローマ帝国の衰退とともに常駐軍は減り、 410年のローマ撤退後は地元アングロ・サクソンや後の中世王国が石材を採取して農家・教会・修道院の建材に転用した。 18世紀には反乱鎮圧のためにジョージ・ウェイド将軍が建設した『ロビー軍道』(現B6318号線)が長城のすぐ南を並走し、 工事に大量の長城石が転用された。 1830年代から考古学者ジョン・クレイトンが私財で土地を買収し保存を始め、 20世紀以降は政府機関(現イングリッシュ・ヘリテージ)とナショナル・トラストが管理。 1987年12月にユネスコ世界文化遺産(『ローマ帝国の国境線』の一部)として登録、 2005年にはドイツの上ゲルマン・ラエティアのリメス、 2008年にはアントニヌスの長城が同遺産に追加され、 ヨーロッパ規模の越境世界遺産へと拡張された。

文化的背景と意義

ハドリアヌスの長城は、 ローマ帝国が拡張政策から防衛重視への転換した歴史的象徴であり、 古代世界における国境線管理の最初期かつ最大規模の事例として比類ない価値を持つ。 1987年の世界遺産登録は、 単独遺産から始まり2005年に上ゲルマン・ラエティアのリメス(ドイツ)、 2008年にアントニヌスの長城(スコットランド)を統合した『ローマ帝国の国境線』(Frontiers of the Roman Empire)という越境シリアル遺産へと発展した世界初の事例である。 イングランドとスコットランドの国境線にこそ位置しないものの(実際の国境は長城より北)、 長城は中世以降の英国の南北意識を形成し、 『北は野蛮、 南は文明』という二分法の原点となった。 文化的影響では、 ラドヤード・キプリング『プックの丘の妖精』、 ロザマンド・サトクリフ『第九軍団のワシ』が長城を舞台に取り、 ジョージ・R・R・マーティン『氷と炎の歌』の『壁』も長城を着想源と公言する。 シカモア・ギャップの孤立樹は1991年公開のケヴィン・コスナー主演『ロビン・フッド』のロケ地として世界に知られ、 2023年9月の故意伐採事件は英国全土で衝撃を呼んだ。 84マイル国家歩道『ハドリアヌス・ウォール・パス』は2003年に開通し、 年間1万人以上が踏破する英国を代表するロングウォークとなった。

建築的詳細

ハドリアヌスの長城は連郭式の線状要塞で、 全長117.5キロ(80ローママイル)を東のウォールセンドから西のボウネス・オン・ソルウェイまで一本の石壁で貫く設計が特徴である。 当初計画の壁厚は3メートル(10フィート)、 高さ4-5メートル、 当地で採掘された玄武岩・砂岩・石灰岩を主材として、 内側に石を平積みし両面を整形石材で覆う『オパス・コエメンティキウム』工法で構築された。 中央セクションのウィン・シル断崖を最大限活用する地形依存設計で、 自然崖を長城の北側防御として組み込み建設コストを削減した。 防御は三層構造で、 主壁の北側に幅8メートル深さ3メートルの『ベルム』壕、 主壁の南側には『ヴァルム』と呼ばれる二重土塁付き南壕(幅36メートル)が並走し、 これは英語wallの語源となった。 1ローママイル毎の『マイルキャッスル』は8×6メートルの小要塞で約8-32人駐屯、 その間2基の監視塔(タレット)は3階建てで補給と監視を担った。 6キロ間隔の大要塞は『プレイトリア』(司令部)を中心に兵舎・厩舎・浴場・穀倉・水洗トイレ・病院を配置し、 ハウステッズ要塞は800人駐屯の標準型として完全に発掘されている。

外部リンク

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