UNESCO 2016

ナーランダ

Nalanda · IN

玄奘三蔵も学んだ世界最古の大学、 仏教学術の総本山ナーランダ大僧院遺跡

インド・ビハール州に広がる赤レンガの壮大な遺跡は、 5世紀から12世紀まで約750年にわたり世界中から1万人の僧侶・学生を集めた古代大乗仏教の総本山。 2016年にユネスコ世界遺産に登録された、 玄奘三蔵が訪れた東洋最高の学問の地。

世界遺産 2016

ベストシーズン・ベストタイム

11月-2月

気温20度前後で快適、 赤レンガが青空に映え遺跡散策のベストシーズン

★★★★★

3月-4月上旬

ブーゲンビリアの花と遺跡の対比が映える、 朝夕涼しく日中も30度未満

★★★★☆

5月-6月

気温40度超で過酷、 早朝6-9時のみ訪問推奨、 観光客が極端に少ない穴場時期

★☆☆☆☆

10月

モンスーン明けで緑が美しい、 雨上がりのレンガ遺跡は色鮮やかで写真映え抜群

★★★★☆

見どころ TOP 3

  • 1.サリプッタ大塔(第3寺院)の偉容

    釈迦十大弟子の舎利弗(サリプッタ)を祀る巨大な階段ピラミッド型仏塔。 高さ31メートル、 7層構造で、 漆喰彫刻が今も鮮やかに残る。 グプタ朝期の最高傑作で、 周囲を無数の奉納小塔が取り囲む様は古代仏教世界の中心地の姿を現代に伝える。

    南東階段下から仰角で塔全体を捉えると朝光が漆喰に映える

  • 2.11の僧院遺構が連なる学寮群

    全長800メートル超に連なる僧院群は、 中庭を囲む方形プランで各院に約30の僧坊・井戸・調理場・講堂を備える。 最盛期1万人の僧侶が起居した古代世界最大の寄宿制大学の規模感を体感できる、 ナーランダ最大の見どころとなっている。

    第13寺院の高台から僧院群全景を望遠で切り取る朝の構図がベスト

  • 3.レンガ建築の至宝・第12寺院

    現存する高さ約24メートルの煉瓦造仏塔で、 周囲を奉納用の小型仏塔群が取り囲む。 古代インドのレンガ積み技術の粋を集めた構造で、 1200年の侵略後も奇跡的に主要部が残存、 細密な装飾彫刻も部分的に確認できる第12寺院は遺跡群の白眉。

    西側参道から塔全景を縦構図、 16時前後の斜光で陰影が映える

物語・伝説

427年、 グプタ朝のクマーラグプタ1世が大僧院を設立、 以後750年にわたりナーガールジュナ(龍樹)・アサンガ(無著)ら大乗仏教の巨星を輩出した。 7世紀、 唐の玄奘三蔵が17年の艱難辛苦の末ここに辿り着き、 5年間シーラバドラ(戒賢)に師事し657部の経典を中国に持ち帰った。 義浄も400部を持ち帰り東アジア仏教の根幹を築く。 だが1193年、 ハルジー率いるトルコ軍が侵攻し9階建ての大図書館「ダルマガンジャ」は3ヶ月燃え続け、 知の灯火は途絶えた。 800年後の2014年、 ナーランダ大学として復活する。

こんな人におすすめ

玄奘三蔵の足跡を辿りたい仏教史マニア、 大乗仏教・チベット仏教の源流に触れたい巡礼者、 古代インド建築とレンガ技術に惹かれる建築愛好家、 ブッダガヤとセットで訪れたい世界遺産巡り旅行者、 静寂な遺跡を撮影したい写真愛好家。

現地で知るべき豆知識

  • 1.遺跡入口の小さなナーランダ考古博物館は、 発掘された仏像・経典・銅製品の名品を多数所蔵する隠れた逸品で、 入場料わずか5ルピー。 玄奘記念館も近くにあり、 中印関係史を学べる必訪スポットとなっている
  • 2.ガイドなしでは構造を読み解くのが難しいため、 入口で公認ガイド(英語・約500-800ルピー)を雇うのが推奨される。 サリプッタ大塔の漆喰彫刻の意味、 僧院の生活動線などはガイドあって初めて理解できる
  • 3.ブッダガヤ(車で約3時間)・ラージギル(車30分)とセットで2-3泊の仏教遺跡巡りが効率的。 ラージギルには竹林精舎・霊鷲山もあり、 釈迦の説法の地を併せて巡れる黄金ルートが形成できる

訪問情報

アクセス
最寄り駅はラージギル駅(車30分)またはバクティヤルプル駅(車1.5時間)。 パトナ空港から車で約2.5時間。 ブッダガヤから車で約3時間でセット訪問が一般的。
所要時間
遺跡本体で2-3時間、 博物館と玄奘記念館含めて半日が目安。
予算目安
入場料 インド人30ルピー・外国人500ルピー(博物館別途5ルピー)。 ガイド料500-800ルピー。 (2024年時点)

周辺観光

車30分のラージギル(古代マガダ国の都、 竹林精舎・霊鷲山など釈迦説法の地が点在)、 車3時間のブッダガヤ(釈迦成道の地・マハーボディ寺院・世界遺産)、 車2時間のパトナ(古代パータリプトラ、 マウリヤ朝・グプタ朝の首都)など仏教遺跡巡りの黄金ルートが形成できる。

詳しく知る

時間のある方向けの詳細情報。

年表

  1. 前6世紀

    釈迦の説法

    釈迦がパーヴァーリカのマンゴー林で説法、 ナーランダは舎利弗の出生地・入滅地とされる

  2. 427年

    大僧院創建

    グプタ朝のクマーラグプタ1世が大僧院を設立、 古代世界最古の寄宿制大学の起点となる

  3. 5世紀

    フン族の襲来

    ミヒラクラ率いるフン族(エフタル)が攻撃、 一時的に被害を受けるが復興を遂げる

  4. 629-645年

    玄奘三蔵の来訪

    唐の玄奘が17年の西域行を経て到達、 5年間シーラバドラに師事し657部の経典を中国に持ち帰る

  5. 671-695年

    義浄の滞在

    唐の義浄が10年間滞在、 400部の経典と『南海寄帰内法伝』の貴重な記録を中国に持ち帰る

  6. 8世紀

    パーラ朝の保護

    パーラ朝歴代王の手厚い保護下で最盛期、 シャーンタラクシタ・パドマサンバヴァがチベットへ渡る

  7. 1193年

    イスラム軍による破壊

    ムハンマド・バフティヤール・ハルジー率いるトルコ軍が襲来、 大図書館が3ヶ月燃え続け破壊される

  8. 1812年

    ヨーロッパ人による再発見

    イギリス人測量士フランシス・ブキャナン・ハミルトンが遺跡を再発見、 学術的関心を喚起する

  9. 1861年

    カニンガム調査開始

    インド考古学調査局のアレクサンダー・カニンガムが本格的な学術調査を開始する

  10. 1915-1937年

    本格発掘

    インド考古学調査局の20年にわたる発掘で僧院群・寺院群の構造が明らかになる

  11. 1957年

    玄奘舎利の分骨

    周恩来総理の提案でネルー首相が承認、 玄奘三蔵の舎利が遺跡に分骨され中印友好の象徴に

  12. 2014年

    ナーランダ大学再開校

    800年の時を経てインド政府の国家事業として隣接地に大学が再開、 40ヶ国から15人が初年度入学

  13. 2016年

    世界遺産登録

    イスタンブール開催のユネスコ第40回世界遺産委員会で世界文化遺産に登録される

歴史をもっと深く

ナーランダの歴史は紀元前6世紀から5世紀のマハーヴィーラ(ジャイナ教開祖)と釈迦の時代に遡り、 釈迦が「パーヴァーリカのマンゴー林」で説法した地とされる。 釈迦十大弟子の舎利弗(サリプッタ)の出生地・入滅地でもあり、 仏教との関係はその発祥期に遡る。 大僧院としての創建は427年(グプタ朝期)、 クマーラグプタ1世によって設立された。 以後、 ハルシャ王(7世紀のヴァルダナ朝)、 そして750-1161年のパーラ朝歴代王の手厚い保護下で750年にわたり繁栄した。 ナーランダはヨーガーチャーラ(唯識派)・サルヴァースティヴァーダ(説一切有部)・マードゥヤミカ(中観派)の3大乗仏教学派の総本山となり、 ヴェーダ・文法・医学・論理学・数学・天文学・錬金術も教授された。 7世紀(629-645年)、 唐の玄奘三蔵が17年の西域行を経てここに到達、 唯識派のシーラバドラ(戒賢)に5年間師事し、 657部のサンスクリット経典を中国に持ち帰った。 義浄も671-695年に滞在し400部を持ち帰った。 8世紀には中観派のシャーンタラクシタ(寂護)、 密教のパドマサンバヴァ(蓮華生)がチベットに渡り、 チベット仏教の基盤を築いた。 教授陣にはナーガールジュナ(龍樹)・アサンガ(無著)・ヴァスバンドゥ(世親)・ダルマキールティ(法称)・ダルマパーラ(護法)・アティーシャら、 大乗仏教史上最高の知性が連なる。 9階建ての大図書館「ダルマガンジャ(法の宝庫)」は数十万巻の写本を擁し、 古代世界最大級の知の蓄積を誇った。 5世紀にはフン族ミヒラクラの攻撃、 8世紀にはベンガル・ガウダ王の侵攻で大きな被害を受けたが、 その都度復興した。 しかし1193年、 ゴール朝アイバクの将軍ムハンマド・バフティヤール・ハルジー率いるトルコ軍が襲来、 大図書館は3ヶ月燃え続けたとされ、 数千人の僧侶が殺害された。 これによりインド仏教の衰退は決定的となり、 14世紀には完全に廃絶した。 1812年にイギリス人測量士フランシス・ブキャナン・ハミルトンが「再発見」、 1861年からアレクサンダー・カニンガムによる調査、 1915-1937年のインド考古学調査局による本格発掘で遺跡群が現在の姿に整備された。 2010年にインド政府は復興事業を国家プロジェクトとして承認、 2014年に隣接地でナーランダ大学が再開校した。 2016年7月15日、 イスタンブール開催のユネスコ第40回世界遺産委員会で世界文化遺産に登録された。

文化的背景と意義

ナーランダは古代世界における最高峰の学問の中心地として、 大乗仏教の総本山であるばかりでなく東アジア仏教の母なる地と位置づけられる。 玄奘三蔵が持ち帰った657部の経典は中国仏教の根幹を成し、 法相宗の成立を可能にし、 唐代仏教文化の隆盛を支えた。 義浄が持ち帰った経典は『南海寄帰内法伝』とともに当時の南アジア仏教教団の実態を伝える一級史料となっている。 シャーンタラクシタ(寂護)・パドマサンバヴァ(蓮華生)・アティーシャらがチベットに渡って密教・中観派をもたらし、 チベット仏教の三大宗派の源泉となった。 さらにスリランカ・東南アジア・朝鮮・日本へも教学が伝播し、 ナーランダで体系化された大乗仏教教理は東アジア仏教全域の学術的基盤となった。 「世界最古の大学」「世界初の寄宿制大学」と称される教育制度は、 入学試験(門番との問答)・カリキュラム制・学位授与制を有し、 西洋のボローニャ大学(1088年創立)に約650年先行する。 1957年、 中国の周恩来総理がインドのネルー首相に提案し、 玄奘三蔵の舎利が分骨されて遺跡に納められたことは、 中印関係史の象徴的事象として記憶される。 2016年の世界文化遺産登録は、 登録基準(iv)「人類史上重要な建築様式の例証」と(vi)「思想・信仰と直接関連」の2基準で評価され、 ナーランダの普遍的価値が国際的に確認された画期的事業となった。

建築的詳細

ナーランダ遺跡は南北約800メートル・東西約400メートルの方形プランで構成され、 西側に11の大型僧院(マハーヴィハーラ)、 東側に主要寺院・大塔群が南北軸に沿って整然と配置される古代インド都市計画の精華である。 中心となるサリプッタ大塔(第3寺院)は階段ピラミッド型の煉瓦造仏塔で、 7層構造・高さ約31メートル、 グプタ期(5-6世紀)からパーラ期(8-12世紀)まで5回の増築を経て現在の規模となった。 各層には小型仏塔と仏龕が配され、 漆喰彫刻による菩薩像・仏伝図が今も残る。 僧院群は方形中庭(チャトゥル・シャーラ)を囲む2階建ての回廊式プランで、 各僧院に約30の個室僧坊・井戸・浴室・調理場・講堂・図書室を備える。 個室僧坊は約2.5×3メートルで、 壁に小さな仏龕(夜の瞑想用)・棚・通気口が設けられ、 古代インドの寄宿制大学の生活様式を具体的に再現する。 建材は地元産の小型煉瓦(寸法約25×17×4センチ)を中心とし、 ライム・モルタルで接合された。 装飾には漆喰浮彫(スタッコ)・テラコッタ・砂岩彫刻が併用され、 とくにサリプッタ大塔の南東階段周辺には保存状態の良い漆喰彫刻群が見られる。 上部構造の多くは1193年の破壊と800年の風化で失われたが、 残存する基壇・側壁・装飾モチーフから古代インド建築の最高水準が読み取れる。

外部リンク

関連カテゴリ

一覧に戻る