エローラ石窟群
アウランガーバード県 (マハーラーシュトラ州) · IN
三宗教が岩を彫り抜いて競演する、 世界唯一の岩窟寺院アンサンブル
インド・マハーラーシュトラ州のシャラナドリ台地に並ぶエローラ石窟群は、 5世紀から10世紀にかけ仏教12窟・ヒンドゥー教17窟・ジャイナ教5窟を玄武岩の崖から掘削した一大寺院群で、 単一岩塊から彫り出された第16窟カイラーサ寺院は世界最大の一枚岩彫刻として知られる。
ベストシーズン・ベストタイム
気温20度前後で乾季、 撮影・歩行ともに最適な観光ベストシーズンとして人気が集中する
★★★★★
気温が上がり始めるが人出は減り、 早朝訪問なら静かな石窟を独占できる狙い目
★★★★☆
モンスーン明けで緑が美しく、 周辺の丘陵が瑞々しい、 暑さも和らぐ穴場の時期
★★★★☆
気温40度超で日中の屋外石窟巡りは厳しく、 6月以降はモンスーンの豪雨で訪問困難
★★☆☆☆
見どころ TOP 3
1.第16窟カイラーサ寺院の岩彫巨像
ラーシュトラクータ朝クリシュナ1世が756年頃に命じた一枚岩寺院。 上から下へ20万トンの玄武岩を掘り下げて造られた高さ32メートルの神殿で、 シヴァが住むカイラス山を地上に再現した世界唯一の岩彫巨大建築である。
丘上の南側展望テラスから神殿全景を見下ろす午前の順光がベスト
2.第10窟ヴィシュヴァカルマ窟の仏陀
「大工の石窟」と呼ばれる仏教チャイティヤ窟。 木造梁を模した天井のリブ装飾と、 最奥のストゥーパを背に鎮座する高さ4.5メートルの説法仏陀像が圧巻で、 7世紀の大乗仏教石窟建築の到達点とされる。
入口正面からストゥーパと仏陀を縦構図で、 午前の自然光が最奥まで届く時間が好機
3.第32窟インドラ・サバーの繊細彫刻
ジャイナ教窟群の中核「小カイラーサナータ」とも呼ばれる二層構造の寺院。 中庭に独立した神殿を持ち、 ティールタンカラ(祖師)像や蓮華天井画、 マンゴーの木と女神の彫像など繊細で装飾的なジャイナ美術の粋を集める。
中庭の柱回廊越しに神殿シカラ(尖塔)を切り取る、 午後の斜光が彫刻の凹凸を際立たせる
物語・伝説
こんな人におすすめ
現地で知るべき豆知識
- 1.カイラーサ寺院は丘上の南側展望路から見下ろすと真の規模が分かる。 寺院正面の地上からだけでは岩を掘り抜いた構造が把握しづらいため、 必ず上部の展望テラスまで足を延ばすことをおすすめする
- 2.金曜日は閉鎖日で訪問不可、 土日は地元巡礼者で混むため、 火曜から木曜の早朝7時開門直後の入場が最も静かに鑑賞できる。 第10窟仏教窟は朝の自然光がストゥーパまで届く絶好の撮影時間帯となる
- 3.アウランガーバードからのバスは満員になりやすいので、 タクシーかオートリクシャーをチャーター(往復1500-2000ルピー前後)し、 ダウラターバード要塞も組み合わせると一日で効率よく回れる
訪問情報
- アクセス
- ムンバイから航空機でアウランガーバード空港まで約1時間。 アウランガーバードから北西30kmをバスかタクシーで30-40分。
- 所要時間
- 主要石窟一周で3-4時間、 全34窟をじっくり見るなら一日。
- 予算目安
- 入場料 外国人600ルピー・インド人40ルピー。 タクシー往復1500-2000ルピー。 (2024年時点)
周辺観光
車で30分のアジャンター石窟群(1983年世界遺産同時登録、 仏教壁画の宝庫)、 同方角のダウラターバード要塞(14世紀のヤーダヴァ朝山城)、 ビービー・カ・マクバラー(タージマハルを模した17世紀廟)が王道3点セット。
詳しく知る
時間のある方向けの詳細情報。
年表
- 550-600年頃
初期石窟の掘削開始
トライクータカ朝/ヴァーカータカ朝期に最初期の石窟掘削が始まったとされ、 第29窟など初期ヒンドゥー窟がカラチュリ朝期に造られた
- 600-730年
仏教窟建設期
チャールキヤ朝の保護下で第1-12窟の仏教窟が約130年かけて建設、 第10窟ヴィシュヴァカルマ窟が最後期の到達点
- 756-775年頃
カイラーサ寺院着工
ラーシュトラクータ朝クリシュナ1世の命で第16窟カイラーサナータ寺院の造営が始まる、 一枚岩彫刻の世界的記念碑
- 812年
バローダ碑文
「クリシュナ王がエラプラの丘に偉大な建造物を造った」と記された碑文が残り、 カイラーサ寺院の建設記録となる
- 850-950年
後期ヒンドゥー窟完成
ラーシュトラクータ朝の繁栄期に第13-29窟のヒンドゥー窟群が完成、 ダシャ・アヴァターラ窟(第15窟)など名作を残す
- 9-10世紀
ジャイナ窟建設
第30-34窟のジャイナ教窟群が建設、 第32窟インドラ・サバー(小カイラーサナータ)が中核となる繊細装飾の石窟寺院
- 1187-1317年
ヤーダヴァ朝の追加造営
ヤーダヴァ朝期に最後期のジャイナ窟と一部の付属彫刻が追加され、 約700年に及ぶ石窟造営の歴史が終焉を迎える
- 17世紀末
アウラングゼーブの破壊
ムガル皇帝アウラングゼーブの命で一部のヒンドゥー彫像が破壊されるが、 石窟全体は概ね保存された
- 1819年
英国士官による再発見
英国陸軍士官ジョン・スミスが虎狩り中にカイラーサ寺院を偶然訪れて「再発見」し、 ヨーロッパに衝撃を与えた
- 1861年
ASI保護下に
インド考古学局(ASI)が設立され、 エローラ石窟群が国家保護の対象となり調査・保全が本格化
- 1983年
世界文化遺産登録
ユネスコ世界文化遺産に登録(基準i・iii・iv、 登録番号243)、 三宗教共存の象徴として国際的に評価される
- 2010年代
ASIによる本格保全事業
インド考古学局が劣化した彫刻の修復、 雨水対策、 観光動線の整備を順次実施、 アジャンターと並ぶ観光地に
歴史をもっと深く
エローラ石窟群の歴史は、 古代インドのデカン高原で5世紀後半から始まったと考えられている。 最初期の石窟はトライクータカ朝あるいはヴァーカータカ朝期(5-6世紀)の建設とする説が有力で、 第29窟のような初期ヒンドゥー窟はカラチュリ朝(6世紀後半)の建設、 仏教窟12窟(第1-12窟)は主にチャールキヤ朝(550-750年)の保護下で築造された。 仏教窟の建設は約600-730年に集中し、 最後期の第10窟ヴィシュヴァカルマ窟(7世紀後半)はチャイティヤ様式の到達点とされる。 8世紀半ば、 デカン地域を統一したラーシュトラクータ朝(753-982年)が後期ヒンドゥー窟と初期ジャイナ窟を建設し、 王クリシュナ1世(在位756-775年)の命によって第16窟カイラーサナータ寺院が着工された。 812年のバローダ碑文には「クリシュナ王がエラプラ(エローラ)の丘に偉大な建造物を造った」と記され、 これがカイラーサ寺院に該当すると考えられる。 寺院は南インド・パッタダカルのバーダーミ・チャールキヤ朝建築をモデルとしつつ、 パッラヴァ朝マハーバリプラムの一枚岩「ラタ」を凌駕する規模で構想された。 約100年と20万トンの岩の掘り出しを要したと伝わる。 後期ジャイナ窟(第30-34窟)はヤーダヴァ朝(1187-1317年)の支援で建設され、 第32窟インドラ・サバーが代表である。 イスラム勢力の進出後、 17世紀末のムガル皇帝アウラングゼーブが一部の彫刻を破壊した記録があるが、 石窟群全体は概ね保存された。 1819年に英国陸軍士官ジョン・スミスが虎狩り中に偶然訪れて「再発見」し、 19世紀以降ヨーロッパの東洋学者・考古学者の関心を集めた。 英領期にインド考古学局(ASI)が保護管理下に置き、 独立後もインド政府が保護を継続。 1983年にユネスコ世界文化遺産として登録され、 「異なる宗教が同じ崖で千年にわたり共存した寛容の象徴」と評価された。 現在は近隣のアジャンター石窟群と並ぶマハーラーシュトラ州の主要観光地として年間数百万人の訪問者を迎える。
文化的背景と意義
エローラ石窟群は仏教・ヒンドゥー教・ジャイナ教の三宗教が同じ崖に共存する世界唯一の岩窟寺院群で、 古代インドの宗教的寛容を象徴する遺跡として高く評価される。 シャラナドリ台地の西向き玄武岩崖に34窟(うち5窟が屋根のない神殿)が掘削され、 仏教窟12+ヒンドゥー窟17+ジャイナ窟5の構成は宗教史の生きた教科書となっている。 第16窟カイラーサナータ寺院は世界最大の一枚岩彫刻として知られ、 上から下へ掘り下げる「岩塊彫刻」技法の到達点で、 アテネのパルテノン神殿の倍ほどの規模を玄武岩から彫り出した古代インドの工学的・芸術的偉業として比類ない。 同寺院はカンボジアのアンコール・ワットやインドネシアのボロブドゥール遺跡と並びカイラス山(須弥山)の宇宙観を地上に再現した宗教建築の代表例である。 1983年にユネスコ世界文化遺産登録(基準i・iii・iv、 登録番号243)。 マハラトワーダ地域の主要観光地で、 アジャンター石窟群(1983年同時登録)と組み合わせた「二大石窟ツアー」が一般的である。 インド考古学局(ASI)による保護下にあり、 「インドの七不思議」の一つにも挙げられる。
建築的詳細
エローラ石窟群はシャラナドリ台地の西向き玄武岩崖(高さ30-50メートル)に約2キロにわたって掘削された岩窟寺院群で、 採掘・建築ではなく「岩塊の中から構造物を彫り出す」減算的工法(モノリシック・ロックカット)が特徴である。 仏教窟は5-7世紀の建設で、 ヴィハーラ窟(僧院、 第1-5窟など)とチャイティヤ窟(仏堂、 第10窟)に分かれ、 内部には木造建築を模した柱・梁・天井リブが彫り込まれる。 ヒンドゥー窟は7-9世紀のもので、 上から掘り下げる方式が発達し、 最盛期の第16窟カイラーサナータ寺院では幅46メートル・奥行き82メートル・高さ32メートルの中庭ごと玄武岩から彫り出された。 寺院は南インド・ドラヴィダ様式のシカラ(尖塔)、 ナンディー殿、 列柱広間、 周回廊を備え、 全構造体が一塊の岩から成る世界唯一の例である。 ジャイナ窟は9-10世紀の建設で、 規模は小さいが緻密な装飾彫刻と相互連結した複雑な平面が特徴で、 第32窟インドラ・サバーには蓮華文の天井画やティールタンカラ像が残る。 工程は上層から下層へと順次掘削する「上から下へ」方式で、 約100年と数千人の工人を要したとされる。