ギザの大スフィンクス

ギーザ · EG

ピラミッドを守る人類最古の巨像、 一枚岩から彫り出された世界遺産の守護神

エジプト・ギザの台地に紀元前2500年頃から横たわる大スフィンクスは、 全長73.5メートル・全高20メートルの石灰岩一枚岩から彫り出された世界最大の彫像。 ピラミッド群とともにユネスコ世界遺産「メンフィスとその墓地遺跡」を構成する。

ベストシーズン・ベストタイム

11月-2月

気温20度前後で日中の散策が快適、 観光ベストシーズンで遺跡の輪郭が朝日に映える

★★★★★

3月-4月

気温は上がるが砂嵐ハムシーンの季節到来、 晴天時は朝日と夕日の写真撮影に最適

★★★★☆

10月-11月上旬

夏の酷暑が和らぎ気温30度前後、 観光客が少ない穴場でゆったり散策できる

★★★★☆

6月-8月

日中40度超の酷暑で日陰のない遺跡見学はハード、 早朝7時開門直後のみ推奨

★★☆☆☆

見どころ TOP 3

  • 1.一枚岩73.5メートルの圧倒的スケール

    石灰岩の丘を彫り下げて作られた全長73.5メートル・全高20メートルの巨像。 一枚岩から彫り出された彫像としては世界最大で、 4500年以上前にこの規模を実現した古代エジプト人の技術力を、 真横に立って初めて体感できる。

    南側の柵越しに横全身を捉えると人物との対比で巨大さが際立つ

  • 2.カフラー王ピラミッドとの絶景共演

    スフィンクスの真後ろにそびえるカフラー王の第二ピラミッドは参道で一体設計され、 ピラミッドと巨像を同フレームに収める構図は人類遺産の象徴的風景。 日の出時刻には正面から朝日を浴びる神々しい瞬間に立ち会える。

    南東側スフィンクス神殿跡から望遠で背景にピラミッドを重ねる

  • 3.鼻と髭を失った顔面の生々しい歴史痕

    中世マムルーク朝期に偶像破壊として砲撃された説のある損傷した鼻、 古くに脱落した三つ編みの長い顎髭(破片は大英博物館とカイロ博物館に保管)、 風化した頬の縞模様まで、 4500年の風雪と人間の所業を顔面が雄弁に語る。

    正面参道の中央から顔面のディテールを望遠で切り取る

物語・伝説

紀元前2500年頃、 第四王朝のカフラー王が自らのピラミッドの参道脇に「西方の守護者」として彫らせたとされる大スフィンクス。 人類最古の巨大彫像は建造直後から崩れ続け、 何度も砂に埋もれた。 紀元前1401年、 新王国時代のトトメス4世王子は夢でスフィンクスから「砂を取り除けば王にしてやろう」と告げられ、 砂を取り除いて約束通り王となり、 前足の間に「夢の碑文」を建てた。 1798年ナポレオン遠征時にも首から下は砂に埋もれており、 全身が現れたのは実に1926年。 4500年の砂と風と人間の所業に耐え、 今も東を見据えて朝日を待ち続ける。

こんな人におすすめ

古代文明と謎に惹かれる歴史マニア、 4500年の風化が刻んだ顔面のディテールに迫りたい写真愛好家、 ピラミッドとの絶景構図を狙う旅行者、 人生で一度は世界七不思議の関連遺産を見たい巡礼型の旅人。 カイロから車で30分の好アクセス。

現地で知るべき豆知識

  • 1.早朝7時開門直後の入場で観光客が少なく、 朝日が正面から顔面を照らす1時間が撮影と鑑賞の最大の好機。 日中はバスツアー団体で大混雑するため、 個人旅行者は朝食前の訪問で別世界を味わえる
  • 2.南側の柵沿い遊歩道からは正面とは違う横顔と全身が見られ、 ピラミッドを背景にした構図はここ独占。 一般ガイドはほぼ正面のみ案内するため、 自由行動の30分で南側に回ると差別化された写真が撮れる
  • 3.近くのスフィンクス神殿跡(切り出した石材で建造)も見逃さず観賞すべき。 一般の観光ルートでは説明が省かれるが、 スフィンクス本体と一体設計された姉妹遺構で4500年前の建設プロセスが現地でわかる

訪問情報

アクセス
カイロ中心部から車で約30分、 タクシーやUber利用が便利。 地下鉄2号線ギーザ駅からタクシー15分、 ピラミッド共通入場でアクセス。
所要時間
スフィンクス単独で30分、 ギザのピラミッド群と合わせて半日が目安。
予算目安
ギザ遺跡共通入場料 大人540エジプトポンド(約2000円)。 タクシー往復200ポンド程度。 (2024年時点)

周辺観光

徒歩圏内にギザの三大ピラミッド(クフ・カフラー・メンカウラー)があり共通券で見学可能。 車30分のカイロ・エジプト博物館にはツタンカーメンの黄金マスクと「夢の碑文」の関連資料、 車90分のサッカラには階段ピラミッド(最古のピラミッド)も組合せ訪問可能。

詳しく知る

時間のある方向けの詳細情報。

年表

  1. 前2500年頃

    カフラー王時代に建造

    第四王朝カフラー王の命でカフラー王ピラミッド参道脇に建造される(定説)、 西方の守護者として東を向く

  2. 前1401年

    トトメス4世の修復

    新王国第18王朝トトメス4世が砂を取り除き大規模修復、 前足間に「夢の碑文」を建立

  3. 前7世紀-前6世紀

    第26王朝期修復

    再び砂に埋もれていた像が掘り起こされ、 第26王朝期に修復作業が行われた記録が残る

  4. 前30年-後395年

    ローマ時代修復

    ローマ帝国支配下で再修復、 前足部分のブロック積みはこの時代に行われたもの

  5. 1737年

    ノルデンのスケッチ

    デンマーク軍人フレデリック・ルイス・ノルデンが訪問しスケッチ、 既に鼻が破損していたことを記録

  6. 1798年

    ナポレオン遠征

    ナポレオンのエジプト遠征時、 首から下が依然砂に埋もれた状態で確認され『エジプト誌』で記録される

  7. 1864年

    幕末遣欧使節団訪問

    池田長発ら横浜鎖港談判使節団がスフィンクス前で記念撮影、 日本人として最初の関わりとして歴史に残る

  8. 1925-1926年

    全身発掘

    ガストン・マスペロ呼びかけの寄付による発掘事業で、 建造以来初めて全身が現れる

  9. 1979年

    世界遺産登録

    ギザのピラミッド群とともにユネスコ世界文化遺産「メンフィスとその墓地遺跡」として登録

  10. 1988年

    現代修復終了

    1926年から続いた前足から後部にかけての段階的修復事業が一段落、 現代の保護管理体制に移行

歴史をもっと深く

大スフィンクスの建造は定説では紀元前2500年頃、 古代エジプト第四王朝のカフラー王(在位前2558-前2532年頃)の命によるとされる。 根拠は、 前足間で発掘された碑文に「Khaf」の文字が含まれること、 顔がカフラー王に似ているとされること、 カフラー王ピラミッドの葬祭殿からスフィンクスまで参道が一体設計されていること、 周囲から第四王朝期の遺物が発掘されることなど。 ただし顔の類似性や碑文解釈には反論もあり、 父王クフ(前2589-前2566年頃)による建造説や、 一部研究者によるさらに古い時代(前7000年・前10500年)の建造説も提唱されている。 建造から1000年以上経った新王国時代第18王朝のトトメス4世王子(在位前1401-前1391年頃)は、 砂に埋もれていたスフィンクスから夢で「砂を取り除けば王にしてやろう」と告げられ、 即位後の前1401年に砂を取り除いて大規模修復を行い、 前足の間に業績を讃える「夢の碑文(夢のステーレ)」を建立した。 修復時には鮮やかな塗装が施され、 周囲には風化を防ぐ壁が建てられた。 第26王朝(前664-前525年)、 ローマ支配下(前30-後395年)にも繰り返し修復され、 前足のブロック積みはローマ時代のもの。 中世末期にマムルーク朝の偶像破壊運動で鼻が砲撃で破壊されたとする説、 18世紀末ナポレオン遠征時の仏軍の砲撃説があるが、 1737年のフレデリック・ルイス・ノルデンによるスケッチで既に鼻が破損していたことから、 仏軍説は否定されている。 1798年のナポレオン来訪時、 首から下は依然として砂に埋もれていた。 全身が現れたのは1925-1926年、 フランス人考古学者ガストン・マスペロの寄付呼びかけによる発掘事業の成果である。 1926年から1988年にかけては前足から後部にかけての段階的修復が続けられ、 1979年にはギザのピラミッド群とともにユネスコ世界文化遺産「メンフィスとその墓地遺跡」として登録された。 1864年(元治元年)には幕末の遣欧使節団がスフィンクス前で記念写真を撮影し、 日本人として最初の関わりとして歴史に刻まれた。

文化的背景と意義

大スフィンクスはエジプトに現存する最古のモニュメンタル彫刻で、 古王国時代第四王朝期の宗教観・王権観を象徴する一級資料。 「スフィンクス(Sphinx)」の名は古代ギリシア語に由来する後世の呼称で、 古王国時代の原名は不明である。 新王国時代第18王朝には「ホル・エム・アケト(地平線におけるホルス)」、 ヘレニズム期には「ハルマキス」の名で太陽神ホルスの化身、 復活と王権の守護神として崇拝された。 現代アラビア語名「アブー・アル=ハウル(畏怖の父)」は、 中世イスラム期にカナンの神ハウロンと同一視された痕跡を残す。 1979年のユネスコ世界文化遺産登録は、 ギザのピラミッド群・サッカラ・ダフシュールを含む「メンフィスとその墓地遺跡」の構成資産として、 古王国時代の墓制と王権神聖化の理解に決定的な貢献を残している。 1864年に幕末の遣欧使節団がスフィンクス前で撮影した「侍とスフィンクス」の集合写真は、 アジアとアフリカ古代文明の出会いを象徴する世界的に有名な歴史的写真として知られる。 デビッド・ロバーツの油絵『熱風の接近』(1839年)、 1980年のハリウッド映画『スフィンクス』、 さらにファラオの呪い伝説など、 4500年経った今も世界の創作活動・観光・神秘主義の中心であり続けている。

建築的詳細

大スフィンクスは石灰岩の丘陵を直接彫り下げて成形された一枚岩彫刻で、 全長73.5メートル・全高20メートル・全幅(後部肩幅)19メートル。 一枚岩からの彫り出しとしては世界最大の像である。 ギザ台地の石灰岩は太古の海底堆積層由来で、 硬い層と柔らかい層が交互に積み重なっており、 胴体表面の凹凸はこの差別侵食の結果である。 さらに台地由来の塩分が毛細管現象で表面に析出し、 析出塩の膨張で表面が脆くなり剥離する塩害が建造以来続いている。 そのため新王国時代・第26王朝・ローマ時代・近代に至るまで繰り返し修復されており、 特に前足のブロック積みはローマ時代の補修である。 像の周囲は四角い窪地状で、 切り出された石灰岩は近傍のスフィンクス神殿および渓谷神殿の建材に転用された。 建造当時は青銅器時代以前にあたり、 純銅製の鑿と石製のハンマーで彫り進められたと推定されている。 古代エジプト美術様式に従って当初は三つ編みの長い顎髭が垂れ下がっていたが古くに脱落し、 破片はカイロ博物館に3点・大英博物館に1点が保管されている。 鼻は中世末期までに破損し、 現存する顔面は鼻と髭を失ったまま4500年の風雪に立ち続けている。 像内部には地下水脈由来とみられる空洞が確認されている。

外部リンク

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