北海道・北東北の縄文遺跡群
岩手県 · JP
1万年続いた狩猟採集の楽園、北の縄文17遺跡が世界遺産で甦る
北海道・北東北の縄文遺跡群は、北海道道南と青森・岩手・秋田の1道3県にまたがる17の縄文時代遺跡で構成される連続性遺産。三内丸山の巨大集落、大湯の環状列石、是川の合掌土偶など、農耕以前に1万年以上続いた定住生活と精神文化を今に伝える、考古遺跡のみで構成された日本初の世界遺産である。
ベストシーズン・ベストタイム
桜と新緑に包まれた三内丸山の復元集落は北国の遅い春の風情で、雪解け後の散策に最適
★★★★☆
夏至前後は大湯環状列石の夏至太陽配列を体感できる絶好機、緑も濃く活気がある
★★★★★
東北の紅葉と栗林の黄葉が縄文遺跡を彩り、観光客も少なく落ち着いて見学できる
★★★★☆
雪に埋もれた大湯環状列石の幻想的な銀世界、屋内展示館で土偶鑑賞も可能
★★★☆☆
見どころ TOP 3
1.三内丸山遺跡の縄文都市と六本柱建物
青森市郊外に広がる三内丸山遺跡は、約5900-4200年前の最大級縄文集落跡。復元された6本の巨大栗柱建物や長さ32mの大型竪穴住居が、農耕以前にあった定住文明の規模を体感させる、縄文遺跡群の象徴的構成資産である。
復元された六本柱建物を東側から朝の斜光で撮ると陰影が美しく出る
2.大湯環状列石の夏至太陽信仰
秋田県鹿角市の大湯環状列石は、約4000年前の万座・野中堂の2つの環状列石。万座の直径52mは縄文最大規模で、夏至の日没方向に石棒が配される天文学的精密さから、縄文人の宇宙観と祭祀文化を示す世界遺産的価値を持つ。
雪化粧の冬や夏至前後の夕方光で天体配列の意図を体感
3.是川遺跡と国宝合掌土偶の祈り
青森県八戸市の是川遺跡は縄文晩期(約3000-2300年前)の祭祀拠点で、出土した国宝合掌土偶は両手を組み祈る姿が特異。亀ヶ岡式土器の漆塗装飾品とともに、縄文最終期の精緻な精神文化と造形美を伝える必見の構成資産である。
是川縄文館の合掌土偶展示室で正面からガラス越しに撮影
物語・伝説
こんな人におすすめ
現地で知るべき豆知識
- 1.三内丸山遺跡は入場無料(時遊館特別展のみ有料)で、ボランティアガイドの無料解説ツアー(毎時開催)を活用すれば六本柱建物の建築工法や栗の栽培説まで深く学べる隠れた特典である
- 2.17構成資産は1道3県に点在するため全周には4-5日要するが、青森中心3資産(三内丸山・小牧野・大森勝山)なら1日で巡れ、青森駅からのレンタカー周遊が観光初心者にも最適なコースとなる
- 3.是川縄文館の国宝合掌土偶は保存のため展示換えで年に数回しか実物公開されず、訪問前に八戸市文化財課公式サイトで実物展示期間を必ず確認することが鑑賞成功の鍵となる豆知識である
訪問情報
- アクセス
- 三内丸山は青森駅からバス約30分、大湯環状列石はJR鹿角花輪駅からバス約20分、是川遺跡はJR本八戸駅からバス約20分。複数資産巡りはレンタカー推奨。
- 所要時間
- 1資産あたり1-2時間、17資産全周には4-5日が目安。
- 予算目安
- 各資産の入場料は無料-500円程度、展示館は200-600円。広域周遊はレンタカー代+宿泊で2-5万円が目安。(2024年時点)
周辺観光
青森エリアは青森県立美術館(三内丸山遺跡隣接)・青森ねぶたの家ワ・ラッセ・浅虫温泉が組合せ可。秋田エリアは大湯温泉郷・十和田湖・八幡平が周辺観光に好適。八戸エリアは是川縄文館・八戸市美術館・蕪島が徒歩・短距離で巡れる。
詳しく知る
時間のある方向けの詳細情報。
年表
- 紀元前13000年頃
大平山元遺跡草創期
縄文時代草創期、大平山元遺跡で世界最古級の縄文土器が出土、農耕以前の定住的生活が始まる
- 紀元前3900年頃
三内丸山集落始まる
青森市郊外で500人規模の縄文最大級集落が形成され、六本柱建物・大型住居・墓地が整備される
- 紀元前2000年頃
大湯環状列石築造
秋田県鹿角市で万座・野中堂の環状列石が築造され、夏至太陽方位に配された天文学的祭祀空間となる
- 紀元前1000年頃
是川晩期祭祀文化
青森県八戸市で精緻な漆塗装飾品と合掌土偶が制作され、縄文最終期の精神文化の到達点を示す
- 1928年
大湯環状列石発掘
大湯環状列石が最初に発掘調査され、縄文時代の祭祀遺構として学界に注目され始める
- 1992年
三内丸山再発見
青森県営野球場建設工事中に巨大栗柱穴が発見され、縄文時代の常識を覆す大集落と判明する
- 2002年8月
4道県知事サミット
4道県で「北の縄文文化回廊づくり構想」が提唱され、世界遺産登録運動が本格的に始動する
- 2009年
暫定リスト掲載
「北海道・北東北を中心とした縄文遺跡群」としてユネスコ世界遺産暫定リストに正式掲載される
- 2009年
合掌土偶国宝指定
是川遺跡出土の合掌土偶が縄文時代の土偶として4例目の国宝に指定され、構成資産価値が高まる
- 2019年12月
閣議了解
世界遺産条約関係省庁連絡会議を経て閣議で正式推薦が了解、推薦書のユネスコ提出が確定する
- 2021年5月
イコモス登録勧告
ユネスコ諮問機関イコモスが17資産全てを基準iii・vで登録勧告、世界遺産入りが事実上確定する
- 2021年7月27日
世界遺産登録
第44回世界遺産委員会で正式登録、発掘調査された考古遺跡のみで構成される日本初の世界遺産となる
歴史をもっと深く
北海道・北東北の縄文遺跡群の歴史は、紀元前約13000年(縄文時代草創期)に大平山元遺跡(青森県外ヶ浜町)で世界最古級の縄文土器が出土したことに始まる。当時は最終氷期末期で気候が温暖化し、ブナ林の拡大とともに人類が定住生活を選択した転換期であった。紀元前約3900-2200年(縄文時代中期)、三内丸山遺跡では500人規模の大集落が形成され、6本柱の大型建物・大型竪穴住居・盛土・墓地が整備された都市的空間となった。栗のDNA分析で栽培の可能性が示唆され、ヒスイ・黒曜石の長距離交易も確認されている。紀元前約2000-1500年(縄文時代後期)、大湯環状列石(秋田県鹿角市)・小牧野遺跡(青森県青森市)などの環状列石が築造され、夏至太陽方位に配された石棒群が天文学的精密さを示し、祭祀・墓地としての宇宙観が体系化した。紀元前約1000-300年(縄文時代晩期)、是川遺跡(青森県八戸市)・亀ヶ岡遺跡(青森県つがる市)では精緻な漆塗装飾品・遮光器土偶・合掌土偶が制作され、縄文最終期の高度な精神文化と造形美の到達点を示した。歴史的評価としては1928年に大湯環状列石が最初に発掘調査され、1992年に三内丸山遺跡が県営野球場建設工事中に発見されて学界に衝撃を与えた。世界遺産登録への道は2002年8月の4道県知事サミット「北の縄文文化回廊づくり構想」から始まり、2009年に「北海道・北東北を中心とした縄文遺跡群」として暫定リスト掲載、5年連続推薦見送りを経て2019年12月19日に閣議了解、2020年1月にユネスコ提出、2021年5月26日にイコモス登録勧告、7月27日の第44回世界遺産委員会で登録決定となった。発掘調査された考古遺跡のみで構成される日本初の世界文化遺産であり、農耕以前に1万年以上続いた定住生活と精神文化の顕著な普遍的価値が認められた歴史的事業である。
文化的背景と意義
北海道・北東北の縄文遺跡群はユネスコ世界遺産登録基準iii(消滅した文化的伝統の証拠)とv(脅威にさらされた文化的伝統の代表例)を満たし、農耕以前の狩猟採集を基盤とした定住生活と複雑な精神文化の唯一の事例として国際的評価を得た。17構成資産は全て文化財保護法による史跡または特別史跡指定を受け、三内丸山・大湯環状列石・亀ヶ岡・是川遺跡など6資産が特別史跡である。国宝指定品も多数あり、是川遺跡出土の合掌土偶は2009年に縄文時代の土偶では4例目の国宝に指定された。海外評価では「1万年争いがなかった平和社会」「現代日本人の協調性の根源」「自然との共生」が縄文文化の普遍的価値として注目され、土器・土偶の造形美が現代美術にまで影響を与えたとする評価もある。地域社会への影響としては2012年京都ビジョンの「地域コミュニティ重視」を先取りし、ボランティアガイド・住民参加型清掃・教育プログラムが普及している。映像・出版分野でも縄文ブームが継続し、国立科学博物館・東京国立博物館・東京都美術館で大規模特別展が開催され、土偶国宝5点(縄文の女神・縄文のヴィーナス・仮面の女神・中空土偶・合掌土偶)の全国巡回展示は記録的観客動員を達成した。
建築的詳細
三内丸山遺跡の六本柱建物は直径1mのクリ材柱6本を4.2m間隔で2列に配し、高さ約14.7mの木造構造物として復元された縄文最大級の建築遺構である。柱穴の深さ2m・幅2mで、柱を傾けて打ち込む傾斜接地工法が確認され、火による表面焼き加工で防腐処理を施した可能性が指摘されている。大型竪穴住居は長さ約32m・幅約9.8m・推定高さ7mの楕円形平面で、6本の主柱と多数の補助柱で梁を支え、屋根は土葺・草葺の二重構造と推定される。大湯環状列石は万座と野中堂の2基で構成され、万座は直径52m・周囲約650個の石を配し、中央の特殊組石・外周の縦長石棒・日時計形石組が幾何学的に配置されている。石材は花輪川の安山岩で、夏至の日没・冬至の日出方位に長軸が向けられている。是川遺跡では泥炭層が縄文晩期の漆塗木器・繊維製品・装身具を奇跡的に保存し、合掌土偶は高さ19.8cm・両手を膝に組み合掌する独特な姿勢で、関節部の意図的破壊跡から再生祈願の祭祀道具と推定される。